1人でほぼゼロから広報の立ち上げ
幸いにも、上京から3週間で転職先が決まった。上場を2カ月後に控えた、デリバリーサイトを手がけるベンチャー企業だった。
「ほかの会社はとりあえず営業からやりますかとか、広報アシスタントからというお話だったのですが、そこは面接してくださった女性社長が『あなたが来るなら広報の部署をつくる』と言ってくださった。それで決めました」
とはいえ、広報はまったくの未経験。教えてくれる先輩もいない。何もかもが初めてで、社長から毎日のように怒られていた。
「リリースを書くたびに駄目出しされました。日曜日の夜、会社に行きたくないと思ったのは後にも先にもあの時だけ。それでもなりたかった広報の仕事をしている喜びがあったから頑張れたし、あの経験があったから起業できたんです」
新聞や雑誌をくまなく読み、取り上げてほしいコーナーをリストアップ。片っ端から編集部に電話をかけて売り込んだ。前職で1日数十件も飛び込み営業をした経験が、ここで役に立った。
ゼロから広報を立ち上げた実績を携え、千田さんはその後、大手化粧品会社の広報に転職した。夢に見た化粧品のPR。華やかな記者発表会も経験し、高いビルの窓から景色を眺めたときは「やっとここまでたどり着いた」と思った。だがその頃から、ある心境の変化も起こり始めていたという。
「転職後に結婚して約1年で出産。それまですべて計画通りだったのに、出産だけは予定外でした。いざ生まれてみたら娘がかわいくて。このまま仕事を辞めようかとも思いました」
「絶対に辞めないほうがいい」というエージェントの説得で踏みとどまり、時短勤務で復帰することに。転職した時点では「次は外資系!」と狙いを定めていたが、出産を経て夢が少し現実的になり、大きな組織には向いていないことも実感するようになった。
「いずれ独立したいと思っていましたから、経営者の仕事を間近で見られるほうがいいと思い、もう1度、ベンチャーへ。雑居ビルにあるオフィスを見たときには、正直、落ち込みました。けれど、すぐにこう思い直した。スペックで会社を判断するなんて情けない、と」
それから約3年で起業。つらいことも楽しいことも「10倍に増えた」と語る。振り返ると安定を捨て不安定の中へ飛び込むことで好転してきた人生だ、と自分では思う。
「先が見えないし、どうなるのかもわからない。だけどその分、命を燃やしている感じがします」