社内起業家の「育成」が目的
事業の開始から1年が経ち、「NewWork」は約50社と契約、ライセンス数はすでに3万人超と好調だ。東急電鉄内でも利用が開始され、大熊さんのような中堅社員などから好意的に受け入れられている。自社の働き方の多様化にも一役買ったわけだ。
イノベーション推進課で「社内起業家育成制度」を担当する梶浦ゆみさんは、このような試みの狙いについて「『育成制度』とあるように、この制度の最も大きな目的は人材の育成と、イノベーティブな会社になるための風土改革です」と話す。
「たとえ提案した新規事業が実現しなくても、応募した社員の多くが新たなモチベーションを得られれば風土も変わっていく。積極的に応募を促すことで、自ら考えて行動する社員の数を増やす。そのことが既存事業での新しい視点につながっていくことを期待しています」
彼らがこうした取り組みを始めた背景には、2000年頃から生じた1つの危機感があった。
約100年の歴史を持つ東急電鉄は、渋谷を拠点に沿線の開発を行ってきた企業だ。鉄路を延ばし、郊外の街づくりを同時に進める――それは高度経済成長期や人口増の時代に適合したビジネスモデルだった。だが、1990年代後半から2000年頃にかけ、同社グループは事業の多角化や景気悪化の影響で業績が低迷。「選択と集中」の掛け声のもと、グループ内の事業の再編成が行われた。
「この時期の経験が後々まで社内の雰囲気に影響を与えていました」と梶浦さんは言う。
「新規事業に踏み出すこと自体、当時の記憶を持つ世代の社員にとっては抵抗があったと思います。でも、そうしたマインドのままで、果たして今後の時代に対応していけるのか。大きな危機感がありました」
「NewWork」事業を立ち上げることになる永塚さんは、06年に大手の不動産会社から東急電鉄に転職した。その理由は、渋谷駅周辺の再開発事業を手掛ける予定だった同社で、都市開発の醍醐味を得られるような仕事ができるのではないか、と考えたからだ。ところが入社後の印象は、「すごくいい事業領域を持っているのに有効活用できていない」というものだった。
「上の世代の人たちだけではなく、20代の若い世代もかなり保守的になっていると感じました。しかし今後は良い土地もなくなるし、人口も減っていく中で、鉄道事業にも不動産事業にも次の一手が必要とされている。社内起業家育成制度に『NewWork』を私が提案したのも、この事業を成功させたいという思いがある一方、いろいろなビジネスに手を上げる雰囲気を社内にもっとつくりたい、という気持ちがあったからです」
同社の野本弘文社長はここ数年、社内外で「井戸を掘り、水を汲み上げ、飲ませるまでがビジネスだ」と繰り返し語ってきた。社内起業家育成制度は、その社長の肝いりの制度でもある。永塚さんは応募者の1人として制度の支援を受ける中で、「失敗してもいいから最後までやってみろ」というメッセージを受け取ったという思いを抱いている。
「この2年間で会社の雰囲気はだいぶ変わったと感じています。後輩から『新規事業をやってみたい』と相談されることも増えました」