「俺の目の黒いうちは名古屋駅に降り立たせない」
しかし及川さんは、そんな恩人を怒らせてしまう。
あるとき、地域で成功しているショップオーナーを講師に立て、大掛かりな研修会を開くことになった。及川さんは名古屋の販社社長に栄転したその恩人に、「どなたか素晴らしい方を推薦してください」とお願いした。社長の返事は「わかった。相手の都合を聞くから3日待て。ダメならごめんな」というものだった。
「『ごめんな』を可能性は五分五分と思い込んでしまいました。研修会の成功ばかりに気が向いていた私は、同僚から『違う人にも声をかけておくよ』と言われ、頼んでしまったのです」
同僚が先に講演者を決めてきた。名古屋におわびの電話を入れると、いつもは穏やかな社長がすごい剣幕で怒った。名古屋にいるかつての上司からも「及川、何をやった? 俺の目の黒いうちは名古屋駅に降り立たせないと言っているぞ」と電話が入る。
お前ひとりで仕事をしているんじゃない
及川さんは直属の上司に連れられ名古屋に急行した。「絶対に会わない」と言う社長を直属の上司と名古屋の元上司がとりなして面会がかなうと、ひたすら謝った。
社長が「俺がなんで怒っているかわかるか」と問う。「やったこと自体を怒っているんじゃない。講師を選ぶときに直属の上司を頼らなかったし、謝りの電話を入れるときも上司に相談しなかった。それは上司の顔をつぶしたことになる。お前ひとりで仕事をしているんじゃない。ひとりで仕事を抱えてひとりで責任を取ろうとするな。及川、傲慢(ごうまん)になるな」
組織で働くとはどういうことなのかを教えてくれた社長。言葉が身にしみた。
その後、販社は本社の一部門となった。及川さんは埼玉エリアでショップの経営をサポートするフィールドカウンセラーに。新人BDとして入る主婦たちを、ベテランのショップオーナーと一緒に育てる仕事だ。