米国に本社を置くキャタピラーは、重機メーカーの世界最大手である。その日本法人のキャタピラージャパンは、もともとキャタピラーと三菱重工の合弁企業で、かつては新キャタピラー三菱という社名だった。石田あずささんの入社は1992年。女性総合職の採用が始まって2年目だった。
「建機のスケールの大きさに惹ひかれたんです」
大学で農業機械について学んだ彼女はそう振り返る。
「埼玉県秩父市に弊社のデモンストレーションセンターがあるのですが、そこでキャタピラーの重機を初めて見て、そのスケールに圧倒されました。人間の2倍も3倍もある大きなタイヤが付いたダンプトラックや、見上げるように大きなブルドーザー。こういうものをつくる仕事に携われたら、面白いだろうなと感じたんです」
そうして配属されたのは、神奈川県相模原市にある事業所の技術部実験課。技術者の総合職としては初めての女性社員だった。
開発車両の試験を行う実験課は当時、まさしく「男の職場」だった。試験場ではホイールローダやブルドーザーが動き回り、傾斜地を上り下りしたり、ショベルで穴を掘り続ける耐久試験を行ったりしていた。その一角にある建屋で、エンジンのベンチテストを行うのが最初の仕事だった。