東京都避難場所の地図を作成している新明さん。業界でも少ない女性測量士として入社した頃、周囲は「どうせすぐ辞めるだろう」と思っていたというが、彼女の決意は固くなる一方だった。
今からさかのぼること2001年、測量関連の建設コンサルティング会社・八州に入社したとき、新明(しんみょう)あいさんは社内の雰囲気に少したじろいだ。当時、東京都渋谷区笹塚にあった「技術センター」に足を踏み入れると、狭いフロアにはさまざまな形をした測量の機器が無造作に置かれ、席のあちこちからタバコの煙が上がっていた。
「これは男の人たちの職場だなぁ」と彼女は思ったと話す。
「建設・土木の業界に入ろうと考えたときから、男性中心の世界であることは想像していました。でも、実際に目の当たりにすると、『なんかスゴいところに来ちゃった』と感じずにはいられませんでしたね」
八州は戦中の軍の「陸地測量部」の出身者が設立し、戦後復興期から測量を行ってきた歴史ある会社だ。
新田次郎の小説に『劒岳 点の記』という作品がある。近年、木村大作監督によって映画化もされた同作では、この陸地測量部の測量官が未踏峰とされていた剣岳に登頂し、三角点を設置するまでの奮闘が描かれている。
新明さんが入社した頃、同社にはまだその小説のような世界が残されていた。測量の部署には20kgを超える荷物を背負い、基準点を測るために何カ月も登山を続ける社員がいる。ときおりオフィスに戻ってくる屈強な彼らには、何とも近づき難いものがあった。
そんななか、彼女は同社のほぼ唯一の女性技術者として、空中写真をもとに地図を製作する「写真測量」の業務を担うことになった。
「いまではすべてソフトが計算してくれますが、当時は実際の写真を実体視する『空中三角測量』をしていました。何度も写真の前で実体視を続けるので、目をとても酷使する仕事です」
測量会社には「目が上がってくる」という表現があるという。
「実体視で高さをぴったりそろえようとしていると、だんだん目が疲れてきて合わせた点が地面に潜って見えてきたり、目を休ませた直後は急に位置が上がったりする。だから、実体視は休まずに一気に終える必要があるんです」
当初は慣れるまで時間がかかったが、それでも地図ができ上がるまでの時間が徐々に短縮され、受注先の官公庁の担当者から名前を覚えられていった経験は、現在の彼女の原点である。