差別が鍵となる

エリザの息子・ノエは、白人女性らしい容貌のエリザとは少し異なり、中東を思い起こさせる浅黒い肌に、エキゾチックな顔立ちをしている。ノエがダンケルクの小さな市場でちょろちょろと歩き回ると、地元の客が「バッグに気をつけなさいよ」と連れに耳打ちする。“アラブ系は貧しいから盗みを犯す”との残酷な差別意識がふと表出する場面だ。その耳打ちされた女性はアネットであり、耳打ちした女性はアネットの母ルネである。ルネの世代、フランスでアラブ系は「平和を乱す、招かれざる客」と認識されてきた。

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アネットが匿名出産をせねばならなかった理由は、まさにこのアラブ系への差別だった。“アラブ男”と結ばれて子を宿した若き日のアネットに母のルネは堕ろせと迫るが、出産の日はやってくる。匿名出産を条件としてアネットは再び親元へ帰り、そのままルネの階下のアパートで独り暮らしてきた。地元の小学校で食堂の補助職員として細々と生計を立てるアネットは、口さがない子供たちにその大柄な風貌を“ピットブル”と馬鹿にされ、それを叱りつけるだけで有効な指導法も持たない、不安そうな中年女性として描かれている。

だがアネットが転入生ノエのエキゾチックな顔立ちに気づき、たまたま腰を痛めてかかった診療所の療法士エリザがノエの母親であること、そして中東の特徴が色濃いノエではなく白人らしい容貌のエリザのほうが養子であると告白されたことで、「事実を隠してきた母」と「事実を隠されてきた娘」のパズルのピースが符合する。しかし、あれほど知りたかったはずの事実は、長い間自分の“起源”を求めてきた娘エリザにとって、怒りなしに簡単に受け入れられるものではなかった。