日本でかつて赤ちゃんポストの設置が議論されたのは、日本では母親に出生届を出すことが義務づけられており、望まぬ妊娠・出産をした結果、母親が育児放棄をしてしまうために起こる不幸を防ぐためだ。一方フランスでは、出産後、子供を養子や養護施設などに預ければ、母親として身元を明らかにしなくて良い「匿名出産」という制度がある。しかし母親の匿名性を守る権利は、中絶されずに済む多くの命を助ける半面、子供にとっては「自分がどこから来たのか知りたい、自分の不確かさ」につながってしまう。匿名出産を描く仏映画『めぐりあう日』は、親子の形について深く考えさせられる作品だ。
出産の事実と人生それ自体を封じ込める母親、自らの「起源」に不確かさを抱える娘
望まない、望まれない妊娠は常に世界中で起こっている。だがフランスでは、合法の堕胎期間を過ぎてしまった女性が望まぬ出産を終えたのち、子どもを適切な養護施設に預けるなどして、母親としての自分の情報を一切秘したまま歩み去る権利が法律で保護されている。それが「匿名出産制度」だ。
それは、合法の堕胎期間を過ぎて育ってしまった胎児が、無事に生まれ落ちる権利を保護するものでもある。だが、その子が長じて母が誰であるかをどんなに知りたいと願っても、母親側が公表を拒否する限り、母について知らされることはない。孤児は、自分がどこから来たのかを知ることができないまま、まるで糸の切れた風船のように、ただ浮遊し流されていくようにして命を紡いでいくしかない。
映画『めぐりあう日』は、自身も養護施設で育った女性監督、ウニー・ルコントが「孤児と養子縁組」というテーマで取り組む3部作の2作目。韓国人として生まれ育ちながらも9歳でフランス人牧師夫婦に引き取られ渡仏し、その後フランス人として育ったルコント監督が「過去と現在を和解させることは可能なのかという問いに挑んだ」作品である(映画パンフレットより)。過去と現在を分断したもの、それはこの“匿名で歩み去る”出産女性の選択だ。
匿名出産を行ったことで、出産の事実とその後の人生を封じ込め、小さな田舎の港町ダンケルクで独り身で老いていく母親アネット。一方、孤児から長じて理学療法士となり、十分に幸福な結婚にも子にも恵まれたものの、自らの存在の不確かさを確かにしたいとの想いを抱えて夫を後にした娘エリザ。エリザが自分の息子ノエと共にパリを離れ、出生記録をたどって自分が生まれた病院のあるダンケルクへと移ったとき、一度分断されたはずの母と娘それぞれの人生が、この町で交差する。