ときには家族とも話し合いを

透析を行う腎臓内科は、とりわけ患者の長い病歴に医師がかかわっていく場所だ。通院する患者と何年にもわたって関係を築き、ときには家族とも治療方針をめぐって粘り強く話し合いを続ける。

後輩に道を示すためにも、野心を持つことにしたという松尾さん。「来た仕事は断らず、荷が重くても引き受ける」と心に決めている。

患者の人生や家族関係に深く立ち入る際は、慈恵医大のスローガンを常に胸に置く必要があった。

「透析を受ける患者さんのなかには、痛くても、苦しくても、いつも笑顔で挨拶をしてくれる人がいる。そんな人たちを励ましながら、一緒に病気と付き合っていくことが求められるんです。それに、腎臓内科はとても幅広い知識を必要とします。腎臓を診るということは、合併症を起こした他のさまざまな臓器や疾患を診ることでもあるからです。そのことに、大きなやりがいを感じました」

患者の人生を丸ごと診る医療を目指したい

長期間の治療で多くの患者と接するなかで、さまざまな「人生」に触れてきたという思いが彼女にはある。

例えば、病を治すことよりもどのように老いていくかを大切にしていた人、時間と生活が制約される透析を拒否し、家族と穏やかに過ごす時間を選んだ人、あるいは長い時間を医師と患者として過ごし、涙ながらに看取った人……。

そうした人々との出会いを指折り数えながら、彼女は言うのだった。

若い頃は余裕がなかったこともあった。本当にこの治療方法でよかったのかと悩み続けたことも一度や二度ではなかった――。

「ただ、そのなかで確かに学んできたことがあるんです。自分たちの仕事は病気を診るだけではなく、患者さんの人となりや気持ち、人生で培ってきた思いを丸ごと診るのだということ。そして、もしその人が治療方針に迷いを感じているのであれば、その気持ちを辛抱強く聞いて理解し、ともに悩みながら療法を選択していくこと。それが、私たちの目指すべき理想の医療だと考えるようになっていきました」