なぜ、長時間労働を改善できないのか
ヨーロッパでは、労働時間の上限が法的に厳しく規制されています。
また、欧米では転職市場が整っており、「同一労働・同一賃金」が徹底されています。そのため、たとえリストラされても転職しやすく、それによって給与や待遇が大きく変わることもありません。
同一労働・同一賃金は、生産性の悪い企業でもそれなりの賃金を支払うことを意味しているため、生産性の悪い企業が倒産してしまうこともありえます。しかし、その場合でも、ヨーロッパでは国が失業者を手厚くサポートしています。
たとえばデンマークでは、失業すればすぐに政府の担当職員が、「じゃあ、これから次の仕事のことを一緒に考えましょう」というふうに相談に乗ってくれるのです。
安定のために残業を受け入れるしかない
これに対して、日本の労働者の立場は極めて弱いといえます。たとえ長時間労働にNOを突きつけたいとしても、会社の方針に逆らいにくい空気があります。
日本では転職をすると賃金が下がる傾向があるので、自分から会社を去るのも勇気がいるでしょう。
また、同一労働・同一賃金が浸透していないので、パートタイム勤務者の時給がかなり低く抑えられています。
つまり、日本で安定した雇用と高い給与を手に入れるには、正社員という立場になって、「いつでも残業できる」体制に従うしかないのが現状です。
労働時間の短縮でサービスの質は低下
日本の長時間労働を改善するためには、まず、正社員と非正規社員の賃金格差を是正していくことが必要となるでしょう。
そのうえで、パートタイム勤務者には、もう少し長い時間働いてもらい、フルタイム勤務の正社員がもっと労働時間を短縮する方向を目指すべきです。
ただし、長時間労働を解消することで、現在のような質の高いサービスが受けられなくなる場面も増えてくるでしょう。
私がカナダに滞在していたとき、エスカレーターがおよそ5つに1つは故障中でした。日本では考えられませんが、現地の人は気にも留めていませんでした。
「顧客満足度100%」を目指すと、仕事量は際限なく増えていきます。
労働時間を短縮するには、サービスの向上をどこかで割り切る必要がありますが、では、消費者として多少の不便を受け入れられるのかという課題が残ります。
すべてを満たす方法はないので、何を優先し、何をあきらめるのか、さらに議論を深めて社会的な合意を固めていくことが必要です。
1970年福岡県生まれ。93年一橋大学社会学部卒業、99年同大学大学院社会学研究科博士後期課程単位取得満期退学。主な研究分野は家族社会学、ワーク・ライフ・バランス、計量社会学など。
構成=瀬戸友子 撮影=向井 渉 イラスト=北澤平祐