長生き企業のシンプルな法則
会社の安定性をはかる目安に、よく自己資本比率という指標が用いられます。ここで自己資本比率とは、総資産に対する自己資本の割合のことを言います。ざっくりと説明しますね。まず、総資産は他人資本と自己資本に分けることができます。他人資本は未払金や借入金といった負債で、いずれ他人に返済する必要のあるものです。それに対し、自己資本は資本金や利益剰余金などで返済の義務はなく会社に留保されるものです。
負債はなるべく少なく、自己資本はなるべく多くした方が倒産リスクを下げられますので、自己資本比率は高ければ高いほど安定していると判断されます。経済産業省の発表によれば、2014年度の企業の自己資本比率の全国平均は40.1%であり、一般的には50%以上あれば安定性が高いとされています。
それでは松井建設の場合はどうでしょうか。有価証券報告書によれば、2015年3月期における連結ベースの自己資本比率は42.2%です。ごく平均的な数値でそれほど高くありません。ただ他人資本の中身をみていくと、支払手形・工事未払金等といった通常の営業循環で発生する負債が大半で、いわゆる借入金や社債といった有利子負債は見当たりません。つまり実質上、無借金経営なのです。内部留保こそ会社の規模からするとそれほど多くないものの、建設業でありながら無借金だという点を考えれば、保守的な経営姿勢だと推測できます。無理に事業拡大をしたり設備投資をしたりせず、身の丈に合った経営を続けているのでしょう。その証拠に、売上高800億円の規模でありながら連結子会社がたった2社しかありません。買収を繰り返すスーパーゼネコン等は子会社数がその数十倍もあります。
松井建設の有価証券報告書によると、会社の歴史を支えてきたのは、創業以来の「質素・堅実・地道」という経営姿勢だと述べられています。長生きの秘訣は、巨額な売上でもなく潤沢な儲けでもなく十分すぎるほどの内部留保でもなく、ただ欲を出さずに自社の強みとなる事業をコツコツと続けていくことだったのです。
近年は大手企業による不正が少なくありませんが、いずれも実力以上に背伸びしようとした結果です。また個人についても言えることですが、年収が高くても贅沢をしたり見栄を張ったりするとあっという間にお金がなくなってしまいます。逆に年収がそれほど高くなくても身の丈にあった生活を続けることで安定した基盤を築くことができます。
松井建設の業績はいたって普通ですが、そのシンプルな経営姿勢からは学ぶことも多いのではないでしょうか。熊本城の修復については、今後考えられていくかと思います。もし松井建設が関与することになるならば、その堅実な社風がごとく、堅固な城を再び築いてほしいと期待します。
公認会計士
早稲田大学政治経済学部卒業。大学在学中に公認会計士試験に合格し、優成監査法人勤務を経て独立。在職中に製造業、サービス業、小売業、不動産業など、さまざまな業種の会社の監査に従事する。上場準備企業や倒産企業の監査を通して、飛び交う情報に翻弄されずに会社の実力を見極めるためには有価証券報告書の読解が必要不可欠だと感じ、独立後に『「本当にいい会社」が一目でわかる有価証券報告書の読み方』(プレジデント社)を執筆。現在は会計コンサルのかたわら講演や執筆も行っている。他の著書に『ディズニー魔法の会計』(中経出版)などがある。