外資系金融機関で働き始めてから読んだ本にアメリカの経済学者であるジェフリー・サックスの『貧困の終焉』があります。確か2005年でしたが「TIME」の特集に興味を持ち、原書を取り寄せました。
この本には、世界中で年間800万人が亡くなっている貧困の痛ましい現実が示されていました。そして、それを僕たちの世代で終わらせるための経済や教育のグローバルな協力関係構築の必要性が説かれています。
やがて日本語訳も出版され、再び手に取ったとき、1回目とは違う手応えを感じました。あらためて「世界にはこんな問題があるんだ」と認識したものです。
僕は、本と出会うタイミングはとても大切だと考えています。本に書かれた内容が読み手に突き刺さる状況かどうかが、その人にとっての“一冊の本”になるかどうかの分かれ目になります。また、本には思索を深めてくれる本と、読んだ人に行動を促す本があって、『貧困の終焉』は僕に、どう行動するかを問いかけてきました。
全員を幸せにするのは難しいけれど
子どもの頃から、人が生まれた場所や家庭環境で運命が決まるのはおかしい、そんな不条理は無くしたいと思っていました。それにはまず自分が力をつけないといけません。その手段として金融を選び、当面はプロとしての実力を養おうと考えていました。
では、何も行動をしなくてもいいのかといえば、それも違う。仲間たちとNPOリビング・イン・ピース(LIP)を立ち上げて始めたのが、マイクロファイナンスでした。これは、日本の個人から集めた資金を現地の信用組合など小さな金融機関を通して、住民への融資や預金サービスを行うものです。僕を含めてメンバーは本業を持ちながら、この活動に関わっています。
LIPでは日本国内の児童養護施設の問題にも取り組んできました。現在、全国では約4万人以上の子どもが、親の虐待や貧困などを理由に施設や里親家庭での生活を送っています。大多数の子どもは施設暮らしをしているのですが 、そこで働く職員の数も不足がちで、経済的にも精神的にも十分なケアを受けているとはいえません。そこで、月々1000円からの寄付を募り、国の補助金制度などを活用しながら、環境改善を進めています。基本的には大規模施設から子どもたちの個部屋もあるグループホームへの建て替えです。すでに茨城県の筑波愛児園が終わり、2015年5月には鳥取こども学園の支援を決定しています。
こうしたプロジェクトの原点には、生まれた環境にかかわらず、機会だけは平等に提供されるべきだという信念があります。もちろん、全員を幸せにするのは難しいかもしれません。それでも望みを持てる世の中にしたい、それが僕の願いです。
●好きな書店
丸善丸の内本店、代官山 蔦屋書店
●好きな読書の場所
飛行機の中
●好きな作家
ドストエフスキー
LIP 代表理事。1981年東京都生まれ。朝鮮大学校政治経済学部卒業、早稲田大学大学院ファイナンス研究科修了。モルガン・スタンレー・キャピタルなどを経て、2014年五常・アンド・カンパニーを起業。07年NPO法人Living in Peaceを設立、日本初の「マイクロファイナンス貧困削減投資ファンド」を企画。著書多数。囲碁六段。本州縦断164kmマラソン完走。
構成=岡村繁雄 撮影=岡村隆広