目の前にある「見本」が、優れているとは限らない

さらに厄介なのは、目の前にある見本、つまり上司や先輩が、必ずしもいい見本であるとは限らないことです。こう書くと「だったら、そんな人を参考にしなければいい」とうそぶく人がいるのですが、それはなかなか難しい。

例えば、あなたが部下を叱らなければならない、とします。どのようにして叱ればいいでしょうか。あなたは悩んだ末に、頭の片隅にある「自分が叱られた経験」を引っ張り出してきて、それこそ見よう見まねで叱るでしょう。ここであなたが、言葉は変ですが“良質な叱られた経験”の持ち主なら、今叱られている部下も幸せでしょう。しかしそうではない場合、双方に不幸をもたらします。

人は何かに対処しようとした時に、それに必要と思われる経験を、自分の頭の引き出しの中から探し出し、当てはめようとします。しかし全く経験がない、もしくは経験が乏しい場合は、その選択肢の少ない対処法の中から選ぶしかありません。いくら「自分はあんな風には叱らないようにしよう」と心がけていたとしても、いざ自分が叱る立場になった時に、結果として「最もやってはいけないと、自分で戒めていたこと」をやってしまって激しく後悔する、というケースは別に不思議でもなんでもないのです。もちろん、叱られた部下にも「質の低い叱られた経験」が残るという負の連鎖が起きてしまう。

できるあなただからこそ「見よう見まね」をこっそりと

企業によっては、仕事の中でのコミュニケーションの取り方や、仕事そのものの進め方、部下に仕事を教える方法などをマネージャーに教育することの重要性に気付き、対策を立てているところもあります。が、あなたが現状、そういう意識のない場所で働いているとしたら、状況が整備されるのを待っていては手遅れです。

手遅れにならないよう、今できることから始めてみましょう。やり方は簡単。周囲の同期や先輩たちが、後輩や部下と接しているシーンを注意深く見ることです。ただそれだけ。話し方、間の取り方、作る資料やコミュニケーションのために使うツールもまちまちなはずです。そして、自分との違いに気づくでしょう。

そして「あ、これは使える」と思ったら、どんどん、そしてこっそりとマネをすることです。ここまで読んできて「なにをいまさらそんな話。とっくにやっているよ」と思ったあなたなら心配は要りませんが、中には「確かに、後輩にうまく指示ができないんだよね」とか「何を求めているのか分からない、と言われた経験がある」「気持ちが分かりませんと、部下に泣かれたことがある」という人もいるはずです。

なぜうまく伝わらないのか。「相手に問題がある」と思っている間は、なかなか成長するチャンスは巡ってきません。いったん「自分にできることはないか」と考えて、周囲にたくさん落ちているであろうヒントを拾ってほしいのです。なぜならその積み重ねが、あなたを「できるビジネスパーソン」にしていくのですから。

サカタカツミ/クリエイティブディレクター
就職や転職、若手社会人のキャリア開発などの各種サービスやウェブサイトのプロデュース、ディレクションを、数多く&幅広く手がけている。直近は、企業の人事が持つ様々なデータと個人のスキルデータを掛け合わせることにより、その組織が持つ特性や、求める人物像を可視化、最適な配置や育成が可能になるサービスを作っている。リクルートワークス研究所『「2025年の働く」予測』プロジェクトメンバー。著書に『就職のオキテ』『会社のオキテ』(以上、翔泳社)。「人が辞めない」という視点における寄稿記事や登壇も多数。