一部始終が動画で録画されていた!

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片側通行のトンネルでにらみ合うベンツ2台(上)。野次馬の怒号が飛び交う(中)。「私には権利がある」と断固として譲らないブロンドの中年女性(下)

その一部始終を、居合わせた男性が録画していた。10年落ちのSクラスを運転する、運転技術にも、もしかすると精神や認知の状態にも不安が残るのではと察せられるナーバスな年配の男性と、最新型のメルセデスのコンバーティブルを駆り「私はこの道を先に行く権利がある」と断固として譲らない中年のブロンド女性。この見るからにミドルクラス以上の2人のメルセデスドライバーが言葉少なに、ただ頑固に対峙する異様な姿のみならず、たまたま居合わせた他の不幸なドライバーやバイカーたちの焦りと怒号を交えての40分に渡る紛糾がダイジェストで記録されている。

少々品に欠ける労働者階級の男性がやってきて、お節介にもそれぞれのサイドに「バックしろ」「あんたは道を譲るべきだ」と罵り言葉を混ぜて怒鳴る様子が、事態をさらに悪くしている。動画では女性の方が入り口から近いのだが、おそらく女性の方が先にトンネルに進入し、老人の運転する対向車があとから進入してくるのを見た時点で停止したところに、老人がそのまま進入を続けたのではないか、と見られている。それならまあ女性の主張は正しくはあるのだが、とにかく老人は事態もよく把握できておらずただ呆然としていて、「こんな状態で運転免許を持っていて大丈夫なのか?」という感じ。最終的には老人側が極めて危なっかしい運転でようやくバックし、事態は解決した。

それを見た読者たちで、大衆紙デイリー・メールのコメント欄は大荒れ。「余裕がある側が譲る」という英国的美徳に照らすならば、どう見てもその(少々痴呆ぎみではと察せられる)老人よりも、中年女性側が譲るべきだったというのが大方の見方だ。「メルセデス」、そして「ブロンド」という、大衆紙を読むような層を刺激しやすいキーワードも災いし、コメント欄には豚だ牛だクソ女だと中年女性への非難が集中した。そんなコメント欄の大勢を反映して、翌日に公開された同紙の記事は(記事:http://www.dailymail.co.uk/femail/article-3248394/JAN-MOIR-no-horrors-quite-like-Mercedes-Women.html)、「権利意識とプライドだけが高く、他人に譲る精神を髪一筋も持たない高慢な中年ブロンド女」として、女性側を叩いている。

柔らかさ、かわいらしさと高い能力の両立、その目標は難しすぎやしませんか

この英国での出来事に、階級、男女の社会的立場や、教義信条、イデオロギーを持ち込んでいろいろ考えることはできるだろう。どちらの側を支持することも自由だが、デイリー・メール紙の「どっちが悪い?」投票では、半数以上が「どっちもどっち」に票を投じている。

あなたが女性でも男性でも、「イギリス女、強いな~。怖いわ~」という無邪気な感想も大いにあると思う。ただ私がこの話を聞いて真っ先に思ったのは、少なくともこの瞬間、決して弱者ではない彼女が断固として手放さなかった些細な「権利」が一体どれほどのものだろう? ということだった。

一方で、いま活躍する日本の女性ビジネスパーソンを見ていると、「柔らかさ、可愛らしさ」と「高い能力」を両立し、「ただの強い女じゃない女」を目指そうとする人が多い。それだけにこうした「譲らない」がゆえの事件は、日本ではまず起こらない光景だろうという気がしている。あなたはこの出来事に、何を思いますか?

河崎環(かわさき・たまき)
フリーライター/コラムニスト。1973年京都生まれ、神奈川育ち。乙女座B型。執筆歴15年。分野は教育・子育て、グローバル政治経済、デザインその他の雑食性。 Webメディア、新聞雑誌、テレビ・ラジオなどにて執筆・出演多数、政府広報誌や行政白書にも参加する。好物は美味いものと美しいもの、刺さる言葉の数々。悩みは加齢に伴うオッサン化問題。