お嬢さん、お預かりします
私にとってラッキーだったのは面接で「人事部の教育の仕事はどうですか」と言ってもらえたことです。人事部の女性の先輩と同様、最初から自分の担当職務が決まっていたので責任をもって仕事ができました。同期の女性たちの多くが短期間で会社を辞めていく中、私が長く仕事を続けられたのはそれが大きかったと思います。また毎年、女性の後輩が入ってくる部署だったので、彼女たちに引継いだり、伝授することが自然と自分の成長にもなりました。
入社早々のころのことです。伊豆の研修センターの竣工式のため、人事部の社員が泊りがけの出張となりました。課長が自分の名刺の裏に「お宅のお嬢さんを一日お預かりします」と書いて、これをご両親に渡しなさいと命じられました。今では笑い話ですが、当時、女性が出張することはとても珍しいことだったのです。
役員内示の面接は1分で終了
入社から7年後に均等法ができて私は総合職に転換となります。91年に輸出部門である国際事業本部に移り、94年に生産技術本部に異動して初めて管理職(課長)になります。課長をやりなさいと言われたときは素直に「ありがとうございます」と答えました。でもそれで十分満足でした。その先は後から来る女性たちが私の背中を踏み越えて進んでくれると思っていましたので(笑)。
だから執行役員は考えてもいませんでした。1年に1回、当社は春先に目標管理の評価面接があります。2010年、20年ぶりに本社の管理部門に帰って来た1年目、それまで本部長と面接していたのですが、今回は社長が面接すると聞き、焦りながら準備をしました。当日、社長室に行くと、執行役員就任への内示がを受け、面接は1分で終了。こちらが口をはさむ間もありませんでした。
会社として女性登用を加速させていこうという時期でしたので、ちょうどいい年次にたまたま私がいたんだと思います。今度は私がいつでもバトンタッチできるように女性の人材をどんどん育てていくのが大事な役割です。
大下明文=構成 向井 渉=撮影