2時間遅れなら「ほぼ定刻」の鉄道
タンザニア最大の都市ダルエスサラームの駅構内は、大量の荷物を抱えた数百人の乗客であふれていた。天井板は朽ちて抜け落ち、できた穴から鳩が出入りしている。
15時50分に出発する「ムクバ急行」を前に、構内放送が流れる。発車は2時間遅れるという。あちこちからため息が漏れたが、それでも、驚いた様子の人はいない。
この鉄道で2時間の遅れなら「ほぼ定刻」だと、乗客たちも心得たものだ。カタール国営衛星テレビ局のアルジャジーラが伝えた、2025年2月下旬のある金曜日の光景である。
TAZARA(タザラ。タンザニア・ザンビア鉄道公社)の路線は、社名を冠するこのタザラ駅からタンザニア南部の高原を越える。国境を跨いでザンビアの銅の産出地帯へ入り、1860キロ先の町カピリムポシに至る。全長は新幹線の新青森―鹿児島中央間の距離に近い。だが走るのは急行列車で、定刻でも約40時間の長旅となる。
各車両には、中国とザンビアの協力を記した掲示がある。1970年代に、中国が資金を提供して建設した鉄道だからだ。独立して間もない国々に対し、友好の意を示す狙いがあった。
ところが開業後は整備が行き届かず、投資も不足した。最低限の維持管理さえ、外国からの資金頼みだった。タンザニアとザンビアの両政府は自力での再建を目指したが、財政難で資金を確保できなかった。
結局、両政府は2025年9月、半世紀前にこの鉄道を建設した中国の国有企業CCECC(中国土木工程集団)に、貨物輸送事業の運営を30年間委ねることとなる。同社は14億ドル(約2210億円)を投じて路線を改修し、運営収入で投資を回収する仕組みだ。
世界銀行もソ連も断った「自由の鉄道」
中国との縁は、60年あまり前にザンビアを襲った危機にさかのぼる。
1965年、南の隣国ローデシア(現ジンバブエ)の白人少数政権が、一方的に独立を宣言した。内陸国ザンビアは、最大の収入源である銅輸出も石油輸入も、敵対関係にあったこの隣国や南アフリカを通るルートに頼っていた。
そこでザンビアのケネス・カウンダ大統領とタンザニアのジュリアス・ニエレレ大統領は、ローデシアや南アフリカを通らずに海に出る「自由の鉄道」の建設を構想する。だが世界銀行や西側諸国、ソ連までが資金提供を断ったため、両政権はやむなく、毛沢東が治めていた当時の中国を頼った。
オーストラリア発の学術系非営利メディアのカンバセーションによると、この鉄道の建設は中国の対外援助として、最大の事業だったという。鉄道はいまも、中国とアフリカの「全天候型の友好」(どんな状況でも変わらない関係)を支える存在とされる。

