毛沢東時代に中国が「友好の証」として建設したアフリカの鉄道が、半世紀を経て中国企業のビジネスに変わろうとしている。タンザニアとザンビアを結ぶ全長1860キロの鉄道は、老朽化が進み、脱線事故や給与の遅配が相次いでいた。ところが2025年、両国政府は中国企業に30年間の貨物事業の運営権を委ねることを決定。中国側は約2200億円を投じて再建する計画だ。なぜ中国は、衰退した鉄道に巨額の資金を投じるのか。海外メディアの報道から読み解く――。
TAZARA(タンザニア・ザンビア鉄道)再生プロジェクトの起工式に出席するゲストたち
写真=Xinhua/ABACA/共同通信イメージズ
TAZARA(タンザニア・ザンビア鉄道)再生プロジェクトの起工式に出席するゲストたち。タンザニア、中国、ザンビアの政府高官、外交官、プロジェクト関係者が集まった(2026年7月17日)。

2時間遅れなら「ほぼ定刻」の鉄道

タンザニア最大の都市ダルエスサラームの駅構内は、大量の荷物を抱えた数百人の乗客であふれていた。天井板は朽ちて抜け落ち、できた穴から鳩が出入りしている。

15時50分に出発する「ムクバ急行」を前に、構内放送が流れる。発車は2時間遅れるという。あちこちからため息が漏れたが、それでも、驚いた様子の人はいない。

この鉄道で2時間の遅れなら「ほぼ定刻」だと、乗客たちも心得たものだ。カタール国営衛星テレビ局のアルジャジーラが伝えた、2025年2月下旬のある金曜日の光景である。

TAZARA(タザラ。タンザニア・ザンビア鉄道公社)の路線は、社名を冠するこのタザラ駅からタンザニア南部の高原を越える。国境を跨いでザンビアの銅の産出地帯へ入り、1860キロ先の町カピリムポシに至る。全長は新幹線の新青森―鹿児島中央間の距離に近い。だが走るのは急行列車で、定刻でも約40時間の長旅となる。

各車両には、中国とザンビアの協力を記した掲示がある。1970年代に、中国が資金を提供して建設した鉄道だからだ。独立して間もない国々に対し、友好の意を示す狙いがあった。

ところが開業後は整備が行き届かず、投資も不足した。最低限の維持管理さえ、外国からの資金頼みだった。タンザニアとザンビアの両政府は自力での再建を目指したが、財政難で資金を確保できなかった。

結局、両政府は2025年9月、半世紀前にこの鉄道を建設した中国の国有企業CCECC(中国土木工程集団)に、貨物輸送事業の運営を30年間委ねることとなる。同社は14億ドル(約2210億円)を投じて路線を改修し、運営収入で投資を回収する仕組みだ。

世界銀行もソ連も断った「自由の鉄道」

中国との縁は、60年あまり前にザンビアを襲った危機にさかのぼる。

1965年、南の隣国ローデシア(現ジンバブエ)の白人少数政権が、一方的に独立を宣言した。内陸国ザンビアは、最大の収入源である銅輸出も石油輸入も、敵対関係にあったこの隣国や南アフリカを通るルートに頼っていた。

そこでザンビアのケネス・カウンダ大統領とタンザニアのジュリアス・ニエレレ大統領は、ローデシアや南アフリカを通らずに海に出る「自由の鉄道」の建設を構想する。だが世界銀行や西側諸国、ソ連までが資金提供を断ったため、両政権はやむなく、毛沢東が治めていた当時の中国を頼った。

オーストラリア発の学術系非営利メディアのカンバセーションによると、この鉄道の建設は中国の対外援助として、最大の事業だったという。鉄道はいまも、中国とアフリカの「全天候型の友好」(どんな状況でも変わらない関係)を支える存在とされる。