1日で4人を襲った獰猛さ
この事件は地元で長く記憶に止められたようで、次のような証言も残っている。
〈小学校五年生の頃だったと思うが、近くの松永のおばさんは、雪の降り始めた頃、温根別市街へ買い物に出かけ急いでいると、道路の曲がり角で突然熊に出会った。おばさんは、とっさに着ていた角巻きを頭からすっぽりと被ってしまった。と同時に熊は一撃を加えようとしたのか? つかむつもりだったのか? 角巻きだけすっぽりと抜かれてしまった。熊はそのままちょっと行ったが、からっぽである事に気づいて再び襲いかかり、松永さんは瞬時の事とて逃げる間もなく殺されてしまった(開拓の熊の話 小池千代談)〉(『けんぶち郷土逸話集 埋れ木 第一集』剣淵町教育委員会)
この加害熊は、イヨを襲った後、温根別市街地に現れ、通行中の小学校長妻を背後から襲ったが、幸い軽傷ですんだ。さらに雨竜方面から来た人の話では、その日他に2人の負傷者があり、事実とすれば1日に4人を襲った獰猛な熊ではないかという(『北海タイムス』昭和3年11月27日朝刊)。
谷川に身を投じて九死に一生を得る
翌年の夏、今度は温根別北部の山奥で測量隊員4名が襲われる事件が起きた。
〈九月二十六日午前八時頃、上川郡多寄村二十九線西八号より約二里の山奥で、雨龍水電株式会社の測量隊四名が三頭連れの巨熊に遭遇し、二名が臀部、内股から肩などに爪をかけられた。二名はようやくのことで虎口を脱し、風連市街地で応急手当を受けたが、他の二名は一時、行方不明となり、熊の餌食になったものと大騒ぎであった〉(『北海タイムス』昭和4年8月31日朝刊)。
さらに10月、今度は温根別の西、添牛内で別の測量隊員3名が襲われた。
〈雨竜郡添牛内御料地の奥地、北海道大学演習林区内で、北辰電気株式会社の測量隊員三名が先月上旬から測量に従事中、突如前方十数間のところに当歳くらいの仔熊が現れ、続いて物凄い唸り声と共に巨熊が現れて、狼狽する三名目がけて飛び掛かり、二名はその場に打ち倒され辛うじて逃れた。一名は谷川に身を投じて水中深く沈んだ。大熊はそれと見るよりまっしぐらに谷川へ躍り込み、肩部に爪のカスリ傷を負わせて対岸へ去った〉(『北海タイムス』昭和4年10月10日夕刊)
どうやら加害熊親子は、温根別周辺一帯を縄張りにしていたようである。

