老年に入り、辛い過去を塗り替えた
後年、千代が「幸福」や「夢」と名のつく多くの著書を生み出したのは、「悪い心」を追い出すために過去を整理したのではなかったか。
恐ろしい父親は文学的な「奇人」として語り直され、苦しかった家庭生活には愛情や懐かしさが加えられていったのではないか。
『宇野千代全集 第1巻』(1977年)の「あとがき」で千代は、昔の作品について「こんな小説を誰が書いたか、と作者自身にとっても記憶にないものばかりだと言ったら、信じる人があるだろうか。しかし、私と言う作家が、どう言う道を辿って、脱皮し、脱皮し、そして到達したその道筋が眼に見えるようなのも、思えば恐しい経路である」と書いている。
若き日の短編に込められた怒りや孤独、屈辱は、宇野千代という作家の原点である。
その経験があったからこそ、千代はものを書くようになった。
苦しみを文字に変えることで、心を守っていたのだ。
幾度もの脱皮を重ねた道筋を、これから少しずつ辿っていきたい。
・参考文献
宇野千代『生きて行く私』
宇野千代『新選宇野千代集』改造社、1929年
宇野千代『或る一人の女の話・刺す』講談社文芸文庫、2006年
宇野千代『私の文学的回想記』中央公論社、1972年
宇野千代「あとがき」『宇野千代全集 第1巻』中央公論社、1977年
宇野千代 渡辺正彦編『宇野千代』日本図書センター、1995年
尾形明子『宇野千代』新典社、2014年
神埜努『宇野千代の札幌時代 女流作家の誕生』共同文化社、2000年
宇野千代、小林庸浩ほか『宇野千代 女の一生』新潮社、2013年
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