抽象画は苦手だが勲章ならわかる

世界的な芸術家として知られた草間彌生さんが亡くなった。生前にお会いする機会はなかったが、同じ長野県出身ということもあり、その活躍を誇らしく感じていた。

意外かもしれないが、私は絵画鑑賞が好きで、時間があれば上野の美術館にも出かけている。どちらかといえば、わかりやすい具象作品のほうが好きで、抽象画は苦手だ。正直なところ草間さんの前衛的な作品もよくわからないので、私にとって理解しやすい勲章からその功績を振り返ってみたい。

草間さんは、2006年に旭日小綬章を受章、09年に文化功労者に選ばれ、16年には文化勲章を受章している。草間さんのような前衛芸術についても、政府がきちんと評価していたということを示しているのではないか。その功績を考えれば、旭日小綬章ではなく、中綬章や重光章でもおかしくないと思うが、これは、06年以降、彼女の作品への評価が急激に高まったためかもしれない。

また、こういう受章歴の方は、叙勲の前に褒章を受けていることも多い印象がある。草間さんも02年に紺綬褒章を受章されていた。芸術分野の業績に贈られるのは紫綬褒章で、紺綬褒章は公益のための寄付が対象である。意外に思って調べてみたら、故郷に松本市美術館が開館する際に200点を超える作品を寄贈したことが理由となっていた。報道によれば、海外で先に評価された草間さんは、日本の美術界では正当に評価されなかった時期も長く、松本市との関係も良好ではなかったという。それが、このときの寄付をきっかけに和解し、松本市美術館は草間さんのトレードマークである水玉模様で飾られ、多くの来場者を集めているのだから、不思議なものだ。

私が草間さんの作品を初めて見たのは、1993年に駒ヶ根高原美術館が開館したときだったと思う。同じ上伊那郡の南のほうで、運営主体となっていた地元の建設会社ヤマウラとも親しかったから、帰省したときに立ち寄ることも多かった。

世界中の作品が展示されていたが、県内出身の芸術家の作品も数多く収蔵されていて、もちろん草間さんの作品もあった。出身地の松本市よりも先に駒ヶ根市で草間作品を鑑賞することができたのである。ただ、当時は同じ長野県出身の芸術家では、画家・版画家の池田満寿夫さんのほうが注目されていたと思う。残念ながら、この美術館は2017年に閉館してしまい、寂しく感じている。

駒ヶ根高原美術館には、辰野の同級生の彫刻家、瀬戸剛の作品も展示されていた。同級生なので敬称を略させてもらうが、瀬戸は、草間、池田といった世界的なビッグネームと比べればたしかに知名度は低いが、20年に亡くなるまで日展の審査員や理事も務めた日本の彫刻界の重鎮といえる存在だった。

首相官邸の絵はどこから来ているのか

02年4月に新しい首相官邸が完成したとき、小泉内閣で首相秘書官だった私は、官邸に飾る芸術作品を増やしたいと考えていた。できれば瀬戸の作品も入れたかったのだ。小泉首相に同行して、外国の大統領官邸や首相官邸を訪問すると、その国を代表する芸術家の作品がたくさん飾ってあって、うらやましく感じていたからだ。現在は首相公邸として使われている旧官邸にも戦前から伝わる日本画などの作品があったが、広い新官邸に展示することを考えると数が足りない。芸術作品にかける予算がない中でどうやって調達するかが課題だった。

私は、そのころ日展の役員を務めていた瀬戸に連絡して、作品を無償で借りられないかと相談した。同級生ということもあり快諾してくれ、彼の作品が新官邸を飾ることになった。これが先例となったのか、その後、日本の芸術家の作品を期間限定でレンタルする仕組みが定着したようだ。秘書官から離れた後は、作品の選定には関わっていないが、最近では首相官邸では1年に5枚程度、春夏秋冬に合わせた絵画を公募して展示する作品を選んでいるという。作品のテーマは富士山や松など、「日本」をイメージできるものが中心で、人物画は避けられる傾向があるそうだ。

芸術家側の立場からは、たとえ無償でも官邸に貸し出すというのは宣伝になるらしい。官邸から返却後に値段が上がったという話も聞こえてくる。官邸での展示が決まった画家が地元の市長を表敬訪問したり、日本画家の個人美術館のウェブサイトに首相官邸の写真が出ていたりする。ウィンウィンの関係が続いているようで、始めた人間としては喜ばしく感じている。

(写真=時事通信フォト)

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