これからのシニアは「輝ける居場所」を求め続ける

ベストセラー『ほんとうの定年後』で描かれる、慎ましくも堅実な「小さな仕事」は、これまでのシニア層(キネマ世代・団塊世代・しらけ世代)には、ある程度うまく適合していました。あるいは、「それしか選択肢がなかったから、『住めば都』と割り切って、彼ら・彼女らが適応した」という側面もあるかもしれません。

しかし、これから本格的に高齢期を迎えるネクストシニア層、すなわち新人類世代とバブル世代にも、この法則は、そのまま当てはまるのでしょうか?

もちろん、世代が変わったからといって、全員が180度変わるわけではありません。これまでのシニアと同じように、「小さな仕事をやってみたら、意外と、単純作業も気楽でいいと思えた」と満足する人も、一定数はいるでしょう。

しかし、全国のネクストシニア層を対象とした大規模な定量調査やインタビュー(本書参照)を重ねるなかで、私はある確信を持つに至りました。

ネクストシニアは、これまでのシニアとは、決定的に違う価値観を持っている。単なる生活のための「小さな仕事」では、絶対に満足できず、シニアになっても「自分らしく輝ける居場所」を求め続けるはずだ、と――。

ビルに向かって拳を突き上げている男性
写真=iStock.com/baona
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単調な作業には「退屈」を感じてしまう

かつて私は、新人類世代、バブル世代より上の世代にあたる、キネマ世代、団塊世代、しらけ世代に対する意識調査をもとに、『「シニア」でくくるな!』を上梓しました。

上の世代のシニアとネクストシニアを比較すると、その差は歴然としています。

上の世代は、戦中・戦後の物資が乏しい時代をサバイブしてきた原体験を持っています。そのため、「あの飢えていた時代、物が少なかった時代に比べれば、今の暮らしは十分に豊かだ」と、環境を甘んじて受け入れる「足るを知る」メンタリティーが自然と備わっていました。

一方で、新人類世代、バブル世代はどうでしょうか。

彼ら・彼女らが育ったのは、高度経済成長期の果実を享受し、青春時代には日本経済の絶頂期である「バブル狂騒曲」を最前線で奏でていた時代です。貧しさを知らず、仕事も、趣味も、遊びも、消費も、すべてにおいて「全力投球が当たり前」というイケイケの空気感のなかで生きてきました。

彼ら・彼女らにとって、仕事とは単なるライスワーク(生計を立てるための労働)ではありません。「仕事とは自己実現であり、人生を100パーセント楽しむためのエンタメ」という感覚が、骨の髄まで染み込んでいる人が多いのです。

そのため、定年を迎えたからといって、急に、単調な労働やルーティンワークだけを突きつけられても、「退屈だ」「自分らしくない」「トキメキがない」と、心が拒絶してしまう人が出てくるのは、必然といえます。