※本稿は、原田曜平『「キラキラシニア」という生き方:バブル世代・新人類世代 定年前後のライフシフト』(三笠書房)の一部を再編集したものです。
月10万円を稼ぐための「小さな仕事」
これまでのシニア以上に、途方もなく長期にわたる「後半戦」の生活を維持するために、定年後も働き続けることを選択する――あるいは、選択せざるを得ない。そんなバブル世代・新人類世代のシニアが急増しています。
こうした状況下でビジネス書として異例の大ヒットを記録したのが、リクルートワークス研究所の坂本貴志氏による著書『ほんとうの定年後』です。
この本がこれほどまでに多くの読者に支持されたのはなぜか。それは、定年を迎えたらお金も仕事も底を突き、みじめな老後が待っているのではないかという、この世代が抱く漠然とした、しかし、底知れない恐怖に対して、極めて現実的で地に足のついた「解」を提示したからにほかなりません。
その解こそが、同書の核心である「小さな仕事」という生き方です。
『ほんとうの定年後』には、「定年後は月10万円程度稼げばやっていける」と記されています。夫婦2人の年金が月額約20万円あるとすれば、この「小さな仕事」で月10万円を補うだけで、計30万円。ある程度貯蓄があれば、60代後半から十分にゆとりのある生活を送ることが可能になります。月に10万円稼ぐための現実的な選択が「小さな仕事」というわけです。
「現役時代よりも幸福度が高い」結果
あらためて「小さな仕事」を端的に説明すると、「必ずしも高度な専門性を要しない職種」であり、なおかつ「短い時間で無理なく働きたい」という希望を叶えるものということになります。
同書に具体的に挙げられているのは、マンションの管理人、警備員、スーパーや小売店のスタッフ、清掃員、地域の見守り、配送補助、施設の管理といった、私たちの社会や地域を文字通り足元から支える仕事(現業職)の数々です。
坂本氏の精緻な調査データは、極めて意外な「不都合な真実」――否、「幸福な真実」を明かしています。
現在、実際に「小さな仕事」に就いているシニアたち(80代のキネマ世代から、70代の団塊世代、60代のしらけ世代まで)の多くは、周囲の心配をよそに、退職間際に抱いていた本人の大きな不安に反して、驚くほど高い労働満足度を感じているのです。それどころか、「大きな責任」を背負って高給をもらっていた現役時代よりも、退職後に「小さな仕事」をしている今のほうが、幸福度が高いという人がなんと多数派を占めていると述べています。
たとえば、大手住宅メーカーで働いていた男性が、定年後に包丁研ぎの仕事をする。自衛隊の幕僚監部だった男性が、定年後に病院の女性看護師寮の管理人として働いている。それでも、「今の仕事は楽しい」と笑顔で答えるケースが多々あると紹介しています。
落差に悶々としても、自然と折り合いがつく
事実、リクルートワークス研究所の「全国就業実態パネル調査」(2019年)のデータを見ても、70歳の就業者の約6割が「現在の仕事に満足している」と回答しています。当時の70歳といえば、プライドが高く、激しい競争を生きてきた「団塊世代」です。彼ら・彼女らの多くが定年後に現業職(小さな仕事)へ移行したと推測される年齢であることを考えると、この数字は驚異的と言わざるを得ません。
もちろん、最初から涼しい顔で割り切れる人ばかりではありません。
“なぜ自分が、こんな簡単な(と思えてしまう)仕事をしなければならないのか”と、過去の栄光と現在の落差に悶々とし、アイデンティティーの危機に陥る人も大勢いるでしょう。
しかし、日々現場で働くうちに自然と心に折り合いがついていき、気づけば意外なほど前向きになっているといいます。仕事が物足りないというシニアもいますが、結果的にストレスの少ない今の仕事に納得感を抱き、満足して働くというわけです。
ある日突然、神の啓示のようにマインドセットが変わるわけではありません。徐々に等身大の自分を受け入れていく。そして、ストレスの少ない仕事や周囲に感謝される喜びに慣れていく。
これこそが、日本のシニアたちが泥臭くも美しく達成している、“定年後の幸福論”の実態なのです。
「プライド」「過去の栄光」が未来を狭める
当然ながら、なかには定年後の「小さな仕事」に不満を持ち、仕事が続かない人もいます。そうした人たちには、明確な共通点があるようです。
それは、現役時代の肩書や働き方にしがみつき、プライドを捨て切れない人。あるいは、現役時代と同じ待遇を求め続けてしまう人です。
特に、「大企業のホワイトカラー職」へのこだわりが強い人は、今後さらに厳しい現実に直面することになります。なぜなら、現在の日本企業はAI(人工知能)の急速な普及や、組織のスリム化に伴うポスト縮小の嵐に晒されているからです。かつての「机に座って指示を出す仕事」は、もはやシニアの市場にはあまり残されていません。
一方で、深刻な人手不足に悩む日本では、介護・物流・小売り・観光といった「地域のエッセンシャルワーカー」の需要が、爆発的に高まっています。雇用情勢に詳しい専門家も、「仕事の中身」にさえこだわらなければ、シニアが活躍できる場はむしろ右肩上がりに増えていると指摘します。労働力の希少価値が上がることで、最低賃金も上昇傾向にあり、働く環境自体はけっして悪くありません。
しかし、ここで一つの大きな疑問が浮かび上がります。
「シニアは、ただ働ければ、それで幸せなのだろうか?」という問題です。
これからのシニアは「輝ける居場所」を求め続ける
ベストセラー『ほんとうの定年後』で描かれる、慎ましくも堅実な「小さな仕事」は、これまでのシニア層(キネマ世代・団塊世代・しらけ世代)には、ある程度うまく適合していました。あるいは、「それしか選択肢がなかったから、『住めば都』と割り切って、彼ら・彼女らが適応した」という側面もあるかもしれません。
しかし、これから本格的に高齢期を迎えるネクストシニア層、すなわち新人類世代とバブル世代にも、この法則は、そのまま当てはまるのでしょうか?
もちろん、世代が変わったからといって、全員が180度変わるわけではありません。これまでのシニアと同じように、「小さな仕事をやってみたら、意外と、単純作業も気楽でいいと思えた」と満足する人も、一定数はいるでしょう。
しかし、全国のネクストシニア層を対象とした大規模な定量調査やインタビュー(本書参照)を重ねるなかで、私はある確信を持つに至りました。
ネクストシニアは、これまでのシニアとは、決定的に違う価値観を持っている。単なる生活のための「小さな仕事」では、絶対に満足できず、シニアになっても「自分らしく輝ける居場所」を求め続けるはずだ、と――。
単調な作業には「退屈」を感じてしまう
かつて私は、新人類世代、バブル世代より上の世代にあたる、キネマ世代、団塊世代、しらけ世代に対する意識調査をもとに、『「シニア」でくくるな!』を上梓しました。
上の世代のシニアとネクストシニアを比較すると、その差は歴然としています。
上の世代は、戦中・戦後の物資が乏しい時代をサバイブしてきた原体験を持っています。そのため、「あの飢えていた時代、物が少なかった時代に比べれば、今の暮らしは十分に豊かだ」と、環境を甘んじて受け入れる「足るを知る」メンタリティーが自然と備わっていました。
一方で、新人類世代、バブル世代はどうでしょうか。
彼ら・彼女らが育ったのは、高度経済成長期の果実を享受し、青春時代には日本経済の絶頂期である「バブル狂騒曲」を最前線で奏でていた時代です。貧しさを知らず、仕事も、趣味も、遊びも、消費も、すべてにおいて「全力投球が当たり前」というイケイケの空気感のなかで生きてきました。
彼ら・彼女らにとって、仕事とは単なるライスワーク(生計を立てるための労働)ではありません。「仕事とは自己実現であり、人生を100パーセント楽しむためのエンタメ」という感覚が、骨の髄まで染み込んでいる人が多いのです。
そのため、定年を迎えたからといって、急に、単調な労働やルーティンワークだけを突きつけられても、「退屈だ」「自分らしくない」「トキメキがない」と、心が拒絶してしまう人が出てくるのは、必然といえます。
スマホとSNSが使える世代、求める仕事3選
さらに、この世代を決定づける最大の特徴が、これも繰り返しにはなりますが、従来型のシニアと違い、「デジタルツールを当たり前に使っている」という点です。彼ら・彼女らはいわば、「真性デジタルシニア」の第一世代です。
マスメディアが流す画一的な情報を受け取るだけだった上の世代とは異なり、スマホを片手に、ネットやSNSから自分が欲しいマニアックな情報を自ら取りにいきます。離れた場所にいる友人や、かつての同僚、趣味の仲間ともSNSで日常的に繋がり、常に新しい刺激を交換し合っている人も、たくさんいます。
つまり彼ら・彼女らは、これまでのシニアとは違い、「狭い地域、限られた人間関係」という閉じた世界には生きていないのです。
このデジタルリテラシーは、定年後の働き方にも、革命をもたらす可能性があります。「もっと条件のいい仕事はないか」とネットで自ら検索し、SNSの繋がりから「今度、こういうプロジェクトを始めるんだけど、手伝ってくれない?」とスカウトされるケースも増えるでしょう。だからこそ彼ら・彼女らは、仕事に対してお金以上の価値――すなわち“意味”や“楽しさ”、“繋がり”や“トキメキ”をハングリーに追い求める可能性があります。
仮に、「小さな仕事」に就くとしても、単に「時給がいいから」という理由で、近所の警備員や清掃員を選ぶのではなく、彼ら・彼女らが選ぶのは、たとえば以下のような「付加価値のある小さな仕事」になってくるのではないでしょうか。
【ネクストシニアが求める、「条件つきの小さな仕事」例】
① 警備・案内業務
翻訳アプリを駆使して外国人観光客をナビゲートし、感謝される
② 管理人業務
若者が多い最先端の職場で、最新のトレンドやエネルギーを吸収する
③ 公民館の事務
音楽イベントやアートフェスの裏方として参加し、文化的貢献にワクワクする
このように、ネクストシニアにとって重要なのは、「誰と繋がれるか」「何に貢献できているか」「そこに自分らしさはあるか」――この心のトキメキこそが、働く最大の動機になるのだと私は考えます。
シニアの働き方は、“自己表現”へと変わっていく
結論として、今までのシニアが受け入れている「従来型の小さな仕事」のフォーマットは、そのままネクストシニアには通用しない面もあるのではないか、と私は考えています。
もちろん、現実的な問題として、彼ら・彼女らも「小さく働く」(時間を短くする、責任を軽くする)こと自体には、時代の流れとともに適応していく、いかざるを得ない面もあるでしょう。
しかし、自分にとって「意味のない小ささ」「魂のトキメキがない単純作業」には、耐えられない人が続出する可能性があります。
ネクストシニアが求めるのは、労働の形を借りた「楽しさ」「自己表現」「デジタルとの接続」「多世代交流」がブレンドされた、まったく新しいワークスタイルです。
これからのシニアの働き方は、単に生活費を稼ぐための「スモールサイズの単純労働」から脱却していきます。「趣味」「地域貢献」「情報発信」「コミュニティー」を掛け合わせた、より文化的で、自己表現に満ちたクリエイティブな働き方へと進化していくのです。私が実施した数々の調査結果も、彼ら・彼女らの心がそれを強烈に渇望していることを明確に示しています。
新人類世代、バブル世代が、その旺盛なエネルギーとデジタルツールを携えて、セカンドキャリア市場に本格参入するとき、日本の高齢化社会の景色は一変します。
これまでの「保守的なシニア」のイメージを覆し、社会を内側からエンタメ化し、日本全体を明るくパワフルに照らし出す「キラキラシニア」たち――。
彼ら・彼女らが日本の未来を救う主役になる未来を、私は直感ではなく、確信として見据えています。
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