周囲は和の名誉を思って猛反対
出獄したとき、木下はすぐにでも和と会って求婚する気だった。しかし、燃えあがっていた恋心は、愛蔵をはじめとする周囲の者たちの猛反対にあって勢いをすっかり削がれてしまう。監獄生活で極限まで追い込まれた精神状態のときとは違って、自由の身となり友と酒を酌み交わすうちに心は解れ、冷静に物事を考えられるようにもなっている。結婚によって和や自分が被る不利益にも思いが及ぶようになると、
「やっぱり、無理だ」
求婚を断念する。木下も30歳になっていた。人生において恋愛よりも優先すべきことが多くなっている。もう激情だけで突っ走れるほど若くはない。恋は終わった。
出獄したらすぐに求婚してくるはず。和もまたそう思って待っていたのだが、いっこうに音沙汰がない。焦じれていたところに愛蔵がやって来て、自分や周囲の者たちが木下を説得して求愛を断念させたことを話し、出過ぎた真似をしたことも謝罪した。
10歳の年齢差を認めてしまえば、燃える恋心も冷めてしまう。だから、その現実には背を向けて見て見ぬふりをしていたのだが、愛蔵をはじめ周囲の者たちからそれを指摘されて、自己暗示の魔法が解けてしまったか。
40歳を超えての初恋だったか
「わかりました。これからは、私も木下さんを遠くから見守るだけにしておきます」
和もまた淡々とした表情で恋の終わりを宣言した。
渡辺福之進と離縁して上京して以来、ここまで和に浮いた話はない。福之進との結婚も親が決めた縁談で、親子ほども年齢の違う相手に恋愛感情を抱くことはなかった。このとき40歳を超えていたのだが、じつはこれが彼女の初恋だったのかもしれない。
もうひとりの男性とも結婚に至らず
そして、木下との結婚を断念した後すぐに、またひとつ和の恋バナが出現する。
40代の頃の和は、その人生において最も恋多き時代だった。『穂高高原』にはそのもうひとつの恋愛についてもふれた箇所がある。
「女史が四十才の頃再び対象におかれた男性があり、女史はその結婚を希望してやまぬのに、この度も又島貫兵太夫氏等の反対にあい、畳をたたいてその無理解を口説いた際など、そのひたむきな涙を見ては少女の初恋のような純情が感じられて、どうしてこの人はこうなのかと実際こちらは弱り切ったと、これは島貫氏の述懐であった」
ここに書かれている島貫兵太夫は、愛蔵や木下と同年代の牧師で和とも親しい人物だった。牧師という立場から恋に悩む彼女にアドバイスしていたようなのだが、どうやら、また木下と同様に問題のある男だったのだろうか。和は男運が悪いのかもしれない。
大阪芸術大学卒業。近・現代史を中心に歴史エッセイやルポルタージュを手がける。著書に『ウソみたいだけど本当にあった歴史雑学』(彩図社)、『牧野富太郎~雑草という草はない~日本植物学の父』(角川文庫)などがある。
