※本稿は、青山誠『大関 和 看護に人生を捧げた日本のナイチンゲール』(角川文庫)の一部を再編集したものです。
看護の第一人者として認められたが…
(新潟の高田から東京へ戻った大関和は)眠る時間もないほど忙しい。だが、この頃はまたプライベートのほうでも、かなり忙しかったようで……タフさには驚かされる。
和は恋をしていた。その相手というのが、高田の演説会で出会った木下尚江。和にひと目惚れした木下は演説会が終わってしばらくすると再び県境を越えて高田を訪れている。その頃、彼女はすでに知命堂病院の看護長に就任していた。木下が病院を訪ねて来ると、和は院内をひと通り案内してまわったという。婦人科研究室では壁面に貼られた女体の解剖図を指差し、ひとつひとつの臓器を詳しく説明した。
図太い性格で多少のことで物怖じしない木下も、このときばかりは、
「困ってどうしようかと思ったよ。だが、彼女の真剣さには敬服した」
と、親友の相馬愛蔵に語っている。
新潟で接近してきた10歳下の男性
木下がなぜ、わざわざ高田まで来て自分を訪問したのか。その意図を察していれば、和も解剖図を前に際どい部位を指差しながら説明するようなことはしなかっただろう。
残念ながら、他人の感情や場の空気が読めない彼女に、それを察しろというのは無理な話だ。
この後も木下は幾度か和を尋ねて来たのだが。しかし、和は10歳ほど年下の木下を恋愛対象として見ておらず、彼がしきりに送ってくる好意のシグナルにも気がつかない。ただの知人。それ以上の関係に発展することはなかった。