“再改正”が必然となる機能不全の制度
旧宮家の人々にとっても、今回の改正はしごく迷惑なはずだ。実際、そうした声を上げる旧宮家の人たちもいる。養子に入るなどとても考えられない。にもかかわらず、世間の容赦ない注目を浴びることになるのだ。
こんな問題だらけの改正であれば、まったく機能せず、30年とはいわず、早い段階でもう一度改正する必要が生まれるはずだ。皇族数の確保にも、皇位継承の安定化にも寄与することはないからである。
麻生副総裁などの政治家は、制度を作れば、現実はそれに従うと考えているのだろう。
だが、皇室典範となれば、天皇や皇族という「人間」、あるいは旧宮家の「人間」が関わってくる。養子誕生の道が開かれても、養親となる皇族、養子となる一般国民がいなければ、制度は機能しない。
もし麻生氏の周辺が、養子になる人間に内密に交渉し、内諾を得ていないのであれば、いくら待っても養子は現れないだろう。そのうちに養親となる宮家が次第に消滅していくという事態さえ起こり得る。候補の一つ、常陸宮家の正仁親王はすでに90歳である。ただし、他の候補先である、三笠宮寬仁親王妃家の信子妃は、麻生氏の実の妹であるが。
麻生副総裁の野望が露わになった改正
麻生副総裁などの本音は、天皇や皇族の力を弱め、「政治家の言いなりになる皇室」を作り上げるところにある。平成の時代から始まる「慰霊の旅」など、軍事力の強化をめざす政治家には迷惑でしかない。
幸いと言うべきだろう、改正の論議が進むなかで、そうした政治家の本音の存在が国民全体に共有されるようになってきた。
旧宮家の養子案が、女性天皇や女系天皇の実現を阻止するために考え出されたもので、いかに「愛子天皇」待望論を鎮静化させることを目的としているかも明確になってきた。何がなんでも皇室典範の改正を実現しようとする、麻生太郎副総裁の野望が透けて見えるようになったのだ。これは思わぬ「副産物」である。
それに、旧宮家から養子が現れないのであれば、ひたすら男系での継承にこだわってきた保守派は、次の手を完全に失うことになる。
旧宮家からさらに範囲を広げようとしても、それは困難である。歴史を辿ってみれば、源氏の系譜に属する人たちは、平安時代に遡れば元皇族である。その末裔なら探せばいくらでもいる。
しかし、それでは36親等や38親等どころではない。天皇家との隔たりは50親等や60親等にもなってしまう。
それなら、もう誰でもいいのではないか。天皇の末裔と称する人間を、無理やり皇族に「復帰」させるしかなくなるではないか。