皇室典範改正案は15日、参院特別委員会で審議され、今国会での成立に向け大詰めを迎えた。皇室史に詳しい島田裕巳さんは「改正案は、これまで以上に女性差別や身分差別を助長するものとなった。それは、現代にまったくそぐわないものだ」という――。

「36親等から38親等」天皇と隔たりある養子

麻生太郎自民党副総裁を中心に進められてきた皇室典範の改正が、最終段階を迎えた。

日本維新の会の藤田文武共同代表との会談に臨む自民党の麻生太郎副総裁=2026年6月30日、国会内
写真=時事通信フォト
日本維新の会の藤田文武共同代表との会談に臨む自民党の麻生太郎副総裁=2026年6月30日、国会内

法案の審議が進むなか、衆議院の議院運営委員会で、宮内庁の緒方禎己よしみ次長が行った答弁は、大きな波紋を呼んだ。

緒方次長は、今回の改正で可能になる旧宮家からの養子は、今上天皇と「36親等から38親等の隔たりがある」と述べたからである。

11の旧宮家はすべて伏見宮家からはじまるもので、北朝第3代の崇光すこう天皇の皇子であった栄仁よしひと親王が初代の当主であった。それが室町時代のことだというのはすでに伝えられてきたが、改めて数字を出されると受ける印象は大きく違う。

「旧宮家とは、天皇家にとってまったくの“赤の他人”ではないか」

そう考えた人たちも少なくないはずだ。それほど天皇家と旧宮家の関係は希薄なのだ。

戦後に役割を終えた「世襲親王家」

ただ、戦後に旧宮家の人々が臣籍降下するまで、旧宮家は天皇家やほかの宮家と婚姻関係をくり返し結んできた。

それも、伏見宮家が桂宮家、有栖川宮家、閑院宮家とともに、天皇に世継ぎがいないとき、代わりに天皇を出す「世襲親王家」と位置づけられてきたからである。

いま挙げた宮家の名前を聞いて、「伏見宮家以外、話題になってきた旧宮家に含まれないではないか」と思う人もいるだろう。なぜなら桂宮家は明治に、有栖川宮家と閑院宮家は戦後に廃絶してしまっているからである。

これは、世襲親王家が役割を終えたことを意味している。伏見宮家も現在の当主に男子がいないため、断絶が見込まれている。

残っているのは、明治期に誕生した新しい宮家ばかりである。

今回の皇室典範の改正について、新聞各紙は、保守的な傾向の強い産経新聞を除いて、こぞって反対した。今上天皇でさえ、それに異議を申し立てたかのような発言をした。

それも、旧宮家の人々と現在の皇室との関係がいかに薄いものであるかが改めて浮き彫りになったからである。

そんな、赤の他人が皇室に入れるものだろうか。しかも、旧宮家の人々は、臣籍降下して一般国民になってから代を重ねている。

果たしてそうまでして、養子をとる必要があるのか。誰もが不可思議な思いにかられるのである。

“再改正”が必然となる機能不全の制度

旧宮家の人々にとっても、今回の改正はしごく迷惑なはずだ。実際、そうした声を上げる旧宮家の人たちもいる。養子に入るなどとても考えられない。にもかかわらず、世間の容赦ない注目を浴びることになるのだ。

こんな問題だらけの改正であれば、まったく機能せず、30年とはいわず、早い段階でもう一度改正する必要が生まれるはずだ。皇族数の確保にも、皇位継承の安定化にも寄与することはないからである。

麻生副総裁などの政治家は、制度を作れば、現実はそれに従うと考えているのだろう。

だが、皇室典範となれば、天皇や皇族という「人間」、あるいは旧宮家の「人間」が関わってくる。養子誕生の道が開かれても、養親となる皇族、養子となる一般国民がいなければ、制度は機能しない。

もし麻生氏の周辺が、養子になる人間に内密に交渉し、内諾を得ていないのであれば、いくら待っても養子は現れないだろう。そのうちに養親となる宮家が次第に消滅していくという事態さえ起こり得る。候補の一つ、常陸宮家の正仁親王はすでに90歳である。ただし、他の候補先である、三笠宮寬仁親王妃家の信子妃は、麻生氏の実の妹であるが。

男子のいない宮家「三笠宮寬仁親王妃家」初代となった寬仁親王妃信子殿下(2017年撮影)
男子のいない宮家「三笠宮寬仁親王妃家」初代となった寬仁親王妃信子殿下(2017年撮影)(写真=防衛省/海上自衛隊東京音楽隊:横浜開港記念祭/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons

麻生副総裁の野望が露わになった改正

麻生副総裁などの本音は、天皇や皇族の力を弱め、「政治家の言いなりになる皇室」を作り上げるところにある。平成の時代から始まる「慰霊の旅」など、軍事力の強化をめざす政治家には迷惑でしかない。

幸いと言うべきだろう、改正の論議が進むなかで、そうした政治家の本音の存在が国民全体に共有されるようになってきた。

旧宮家の養子案が、女性天皇や女系天皇の実現を阻止するために考え出されたもので、いかに「愛子天皇」待望論を鎮静化させることを目的としているかも明確になってきた。何がなんでも皇室典範の改正を実現しようとする、麻生太郎副総裁の野望が透けて見えるようになったのだ。これは思わぬ「副産物」である。

それに、旧宮家から養子が現れないのであれば、ひたすら男系での継承にこだわってきた保守派は、次の手を完全に失うことになる。

旧宮家からさらに範囲を広げようとしても、それは困難である。歴史を辿ってみれば、源氏の系譜に属する人たちは、平安時代に遡れば元皇族である。その末裔なら探せばいくらでもいる。

しかし、それでは36親等や38親等どころではない。天皇家との隔たりは50親等や60親等にもなってしまう。

それなら、もう誰でもいいのではないか。天皇の末裔と称する人間を、無理やり皇族に「復帰」させるしかなくなるではないか。

審議過程で存在感を増した愛子さま

そんなことができるはずはない。そのときには当然、女性天皇や女系天皇に道を開くしかなくなる。案外、今回の皇室典範改正は、それを準備するものかもしれない。

副産物はまだある。

今回の改正案では、旧宮家を養子にするということとともに、女性皇族の結婚後の身分保持ということが可能になる。

しかし、配偶者や子どもは一般国民のままなので、皇族と一般国民が同居する“世にも奇妙な家庭”が生まれる。

それは、とうてい現実的な方策とは考えられず、国民もそれには関心を持っていない。むしろ養子案と対比されるようになったのは、皇位継承において、男女を問わず「長子を優先」する方向性、つまりは愛子内親王の天皇への即位を可能にする形での改正である。

その証拠に、養子案の成立は「愛子天皇」の実現を決定的に阻むものだと危惧する声さえ多く上がっている。これは、改正の議論が進むなかで、愛子内親王の存在感が、今まで以上に大きくなったことを意味する。それがもう一つの副産物である。

天皇、皇后両陛下の長女・愛子内親王殿下(2022年)
天皇、皇后両陛下の長女・愛子内親王殿下(2022年)(写真=外務省/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons

「御しやすい天皇」を求める政治家の本音

愛子内親王が大学を卒業し、公務を精力的にこなすことで、国民と交わる機会も増え、注目度は飛躍的に高まった。

しかも、これまで何度か指摘してきたように、天皇一家は、愛子内親王を中心に据えようという方向で動いており、それも、存在感を高めることに寄与している。

日本国憲法では、その第1条で、天皇の地位は「主権の存する日本国民の総意に基く」と規定されているが、総意が「愛子天皇」を求めているのだとすれば、すでに「愛子天皇」は実現されているとも言える。にもかかわらず、天皇家にとって赤の他人である養子の子どもには皇位継承の資格が与えられ、将来において天皇に即位するかもしれないのだ。

もちろん、その子どもは生まれたときから皇族であり、立派に皇族としてのふるまいや所作を身につけていくかもしれない。

だが、天皇家に生まれ育つわけではない。天皇の子や孫でもない。その男児は「親王」ではなく「王」である。現在、王は存在しないが、その立場は、皇室のなかでもかなり弱い。

麻生副総裁などは、そうした立場の弱い天皇が生まれたほうが、国民からの支持を集められず、むしろ“御しやすい”と考えている。しかも、麻生氏が先頭になって行った皇室典範の改正で実現する天皇であり、氏には、天皇に即位する道を敷いたことに恩義を感じるはずだという思いもあるに違いない。立役者には逆らえないというわけだ。

「愛子天皇」待望論の「敵役」誕生

そうなると、養子にしても、その子どもにしても、愛子天皇の実現を阻止するための「敵役」になってしまう。今回の改正がゴリ押しで進められたという印象を残したことで、敵役のイメージがどうしてもつきまとうことになった。

果たして、敵役になることがわかっていて、養子になると手を挙げる人間がいるものだろうか。麻生副総裁などは、その点をまったく考えていなかったのではないだろうか。

女性天皇や女系天皇への道が開かれたからといって、皇族数が確保され、皇位の安定的な継承が保証されるわけではない。それは、養子案についても同様である。そこに妙案がないことが、この議論の難しいところである。

それでも、国民のあいだに「愛子天皇」待望論が高まりを見せてきたのは、それが日本社会を変えていく起爆剤になると考えるからである。

天皇制の危機を深める法改正

今回改正される皇室典範は、これまで以上に女性差別や身分差別を助長するものとなる。それは、現代にはまったくそぐわないものである。

現在の皇室では、愛子内親王を含めた女性皇族の活躍がめざましい。だからこそ、国民は皇室に好意を持ち、さらには、女性が活躍する社会がより大きく開かれていく可能性を見いだしている。

旧宮家は過去の遺物である。それは、国民全体にとってもそうだが、当事者にとっても同じだろう。あるとき、自分がそのような立場の人間であることを知って驚いた、と語る旧宮家の人たちもいる。

フェミニストの上野千鶴子氏などは、天皇制そのものが、女性差別、身分差別の根源だと『世界』誌で主張している。たしかにそうした面はあるものの、天皇が不在になれば、日本も共和制に移行し、大統領を選ばなければならなくなる。大統領という存在が、いかに難しく、むしろ社会の分断をあおることになるのは、アメリカや韓国の事例が示している。

しかも、大統領となれば、国民全体の投票で選ばれるわけで、広く世の中に知られた著名人でなければ当選は難しい。それはこれまでの東京都知事選挙などを考えてみればいいだろう。

共和制に移行したからといって、女性差別や身分差別が一掃されるわけではない。むしろ、天皇や皇族と国民とが協力し合う形で作り上げてきた現代の「大衆天皇制」のほうが、社会の安定には大きく寄与している。

しかしながら、あえて共和制ということになれば、国民は初代の大統領に誰を選ぶだろうか。そのときは皇室が存在しないわけだから、「愛子さん」を選出するのではないだろうか。「愛子大統領」なら、天皇制から共和制への移行を容易にするだろう。しかも、それ以降の大統領のモデルになるはずである。

それも悪くないかもしれない。そんなことを考えさせてしまうほど、今回の改正審議は天皇や皇族の存立を危うくさせるものなのである。

天皇、皇后両陛下並びに愛子内親王殿下(2022年)
天皇、皇后両陛下並びに愛子内親王殿下(2022年)(写真=外務省/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons