「こうのとりのゆりかご」を訪ねて
この直美とセツのエピソードが放送される少し前、私は熊本県看護協会主催の講演のため、熊本市を訪れた。講演後、会長、副会長にお願いし、市内にある医療法人聖粒会慈恵病院へ連れて行っていただいた。
慈恵病院は、「こうのとりのゆりかご」(通称「赤ちゃんポスト」)(以下、「ゆりかご」)を運営する病院である。「ゆりかご」は、2007年の開設以来19年の間に、保護者が育てることのできない乳幼児200人の命を救ってきた。居住地が判明している中では、東日本からの受け入れが多かったが、昨年度は開設以来初めて、東日本からの受け入れがなかった。昨年3月に東京都墨田区の賛育会病院が「いのちのバスケット(ベビーバスケット)」を開設したことが関係しているようだ。
それにしても、これまで慈恵病院の「ゆりかご」を頼りに東日本から訪れる人たちがおおぜいいたという事実には考えさせられる。
現代でも子を育てられない母がいる
私は病院で、赤ちゃんを模した人形を抱いて、「ゆりかご」への預け入れを体験した。緩やかなスロープを進み、「ゆりかご」の扉を開けて中のベッドに赤ちゃんをそっと寝かせる。ベッドはほどよい温度に保たれていた。赤ちゃんを置くと、すぐにナースステーションに知らせが届く仕組みになっており、看護師さんや助産師さんが駆けつける。
母親がその場で泣き崩れていることも多いそうだ。母親が落ち着いて話ができるようにと、「ゆりかご」の奥には応接室が設けられていた。
新生児室へも案内していただき、最近「ゆりかご」に預けられたという2人の赤ちゃんを抱っこした。2人とも生まれた直後に預けられたとうかがった。出産直後の産婦は安静が当たり前だ。出血もあり、骨盤が緩んでいるため、ふだんと同じようには歩けない。そんな状態で、一人で赤ちゃんを抱いて「ゆりかご」へやってきた母親たちは、決して「子どもを捨てる無責任な親」ではない。以前は、東日本から遠路やってくる母親もいたのだ。命懸けといっても過言ではない。残念ながら、この距離が障害となって失われた命もあっただろう。「ゆりかご」のような救済施設がもっと必要ではないだろうか。