「お前は平凡に生きなさい」

昭和13(1938)年、日中戦争の翌年に、一家が東京に居を移したのも、「水甕」のためだった。「中央」で発行する雑誌であることこそ、結社の悲願だったからだ。こうして中野区にある松田家が、「水甕」の発行所となった。

「夫婦で、水甕を背負ったわけですよ。母は大変だったと思います。結社の人たちの旅館みたいなものだったから」