「命をいただく」ことの本質に迫る絵本
先日、たまたまテレビをつけると、本を紹介し合うブックトーク番組が放送されていました。
その中で、ふと一冊の本が目に留まりました。『もうじきたべられるぼく』(はせがわゆうじ作/中央公論新社刊)という絵本です。
表紙には、ほのぼのとしたタッチで描かれた子牛の絵。内容は知らないのに、なぜか「これは読まなくてはいけない本だ」と直感しました。そして気づけば、ネットで10冊注文していました。3人の娘と孫たち、そして自分のために。「たくさんの人に読んでもらいたい」と思ったからです。
その物語は、食肉用に育てられている子牛が、まもなく自分が食べられることを悟り、最後の願いとして「お母さんに会いたい」と故郷に向かう物語。電車に揺られながら、「馬のように速く走りたかった」「象のようにみんなに愛されたかった」と、これまでを振り返ります。ようやく故郷に着くと懐かしいお母さんの姿が。読み進めるうち、心が揺さぶられ、涙なしではいられなくなりました。
母と子の絆と別れ、命の尊さ、命をいただくことへの感謝。そのすべてが静かに胸に迫ってくるのです。生きることは、命をいただくことで成り立っていますが、そのことを突きつけられるラストシーンは胸が張り裂けるほどの切なさに打ちのめされます。
母の視点、子どもの視点で読み終えたあとは、深い余韻に包まれる感動作。大人にもおすすめの一冊です。
よりよく生ききりたい「有限の人生」
なぜ、この本に強く引きつけられたのでしょうか。
タイトルにある「もうじきたべられる」とは、つまり「死を迎える」ということ。子牛は、死を意識したからこそ、自分の生き方を見つめ直し、感謝や後悔を抱きながら、最後に「自分がどうありたいか」を考えたのだと思います。私はそこに自分を重ねたのかもしれません。
私は今、84歳。医師としての仕事は続けていますが、ふと立ち止まって思うのです。「この先の時間で、私にできることは何だろうか」と。
残りの人生を思うと、長いようであっという間かもしれません。だからこそ、残された時間をどう生きるかを真剣に考えるようになりました。
たとえ後悔はあっても、感謝の気持ちを忘れず、少しでもだれかのために役立つ存在でいたい。そう願いながら日々を送っているところです。