100年後の今につながった奮闘

そして、そうした思いは今も脈々と続いています。私の周りでも、離婚してから看護学部に入った人がいます。彼女は結婚や出産で一度仕事を辞めてしまい、元のポジションに戻れないから、この先、一生働ける資格を取ろうと看護師の道を選びました。

田中 ひかる『明治のナイチンゲール 大関和物語』(中央公論新社)
田中 ひかる『明治のナイチンゲール 大関和物語』(中央公論新社)

この「看護師」という職業が自立の選択肢として今でも選ばれ続けている現実を見ると、明治に看護学校を作った人たちの祈りが百年以上たった今も生きているということを実感します。看護師というのは人の命を直接救う職業ですが、それと同時に、この専門的な職業があることで間接的に救われてきた女性が、これまでにどれほどいたことでしょうか。

執筆のための取材をする過程で私が実感したのは、「明治」という時代は確実に今とつながっているということです。大関和は1932年(昭和7年)まで、雅は1940年まで生きている。私の祖母も明治生まれで、実際に和や雅のひ孫さんや玄孫さんとお会いして、明治時代をすごく近くに感じました。100年前に懸命に生きた女性たちの選択が、今の私たちの選択肢につながっている。

評伝で一番伝えたかったこと

私が一番伝えたかったのは、「選択肢のない時代に自ら選択肢を作った人たち」の物語だということ。結婚相手も親が決めるのが当たり前で、生まれた家や身分で生き方がほぼ決まってしまう時代に、積極的に自分の意思で別の道を選んだ人たちがいた。和も雅も、その選択によって苦労を背負い込んだ面もあり、当時としては相当に異端な人生でした。

でも、その異端が日本の近代看護の基礎を作り、女性が職業を通じて自立できる道を切り開いたのです。「風、薫る」のキャッチコピー「道をはずれた人から、いつも道は生まれた。」を見たときに、私が執筆する中で感じたことと、制作陣の皆さんが大事にするテーマが同じだと感じました。私の著書も、史実をベースにしつつ、創作部分がたくさんありますし、ドラマは大関和と鈴木雅「モチーフ」としたオリジナルの物語です。いずれも設定もストーリーも全然違うけれど、向かっているところは同じだと感じ、うれしくなりました。私はもともとすごく朝ドラが好きなので、むしろネタバレを見ないようにして楽しみにドラマを観ているんですよ。

田中ひかるさん
撮影=プレジデントオンライン編集部
田中ひかるさん

そして、自ら道を切り開き、選択肢を作っていった大関和や鈴木雅の影に、選択できなかった大勢の人たちや、選択したけれどうまくいかなかった人たちがいる。名前や写真まで後の世に残っているのは、本当にわずかな幸運な人たちです。そのわずかな開拓者たちをドラマが取り上げてくれた意義は大きいと思いますし、そこで生まれた選択肢が、100年以上たった今も誰かの手の中に確かにある。今回のドラマ化を通じて、歴史の中に埋もれ、忘れ去られていた人物が掘り起こされ、地域の誇りになっていく――そこに彼女たちが切り開いた道の続きを見る気がしています。

取材・構成=田幸和歌子

田中 ひかる(たなか・ひかる)
歴史社会学者・作家

1970年、東京都生まれ。学習院大学法学部卒業。予備校・高校非常勤講師などを経て、専修大学大学院文学研究科修士課程、横浜国立大学大学院環境情報学府博士課程に学ぶ。博士(学術)。著書に『生理用品の社会史』(角川ソフィア文庫)『月経と犯罪 “生理”はどう語られてきたか』(平凡社)、『明治を生きた男装の女医 高橋瑞物語』(中央公論新社)、『明治のナイチンゲール 大関和物語』(中央公論新社)など。