名簿に記される「平」が意味すること
国立国会図書館の蔵書目録で検索してみると、祖父が在籍していた時代の帝大生の名簿が見つかった。そこには、「島田確治 栃木 平」と記されていた。確治が祖父である。
栃木というのは祖父の出身地で、本籍は佐野市にあった。その点で栃木と記されているのは当然なのだが、最初、私には「平」の意味がわからなかった。
ほかの学生を見ていくと、多くは祖父と同じ平と記されていた。ところが、なかに「士」と書かれている学生もいた。その一人が白樺派の文学者である長與善郎であった、長与の家は代々備前大村藩につかえた漢方医であり、士族だった。それで、「平」が平民を意味することがわかったのだ。
士族であるのか、それとも平民であるのかで、学問を進める上で違いはない。たしかに、士族だからといって帝大で優遇されるわけではない。
けれども、私の祖父の世代は、常にそうした身分上の差別を意識していたことになる。名簿にまで記されているわけだから、意識せざるを得なかった。
身分上の差別がある社会へ逆行する可能性
身分上の差別ということでは、江戸時代の「士農工商」が知られている。武士の下に農民が位置し、職人や商人はさらにその下だというわけである。
昔は、学校の歴史の時間に士農工商について学んだものだが、今は、そうした身分秩序があったこと自体が否定されている。幕府や各藩に雇われる武士は身分が異なるが、それ以外、仕事によって身分が変わることはなかったのだ。
それでも、士農工商ということが言われ、それが受け入れられたのは、明治以降に今述べた4つの異なる身分が存在したからである。それが過去に投影されたのである。
現代の私たちは、そんな身分上の差別がある社会に戻りたいとは考えていない。それは、明らかに憲法に違反することであり、許されないと考えられている。
ところが、旧宮家の養子案は、戦前の身分秩序に戻りかねない危険な試みなのである。
旧宮家の人間を養子にするという方向で皇室典範が改正されるとして、その際には、第9条の「天皇及び皇族は、養子をすることができない」の部分が変更される。
どういった形で改正されるのか、具体的な案は示されていない。そこの部分は変えず、その後に、「ただし、1947年に皇籍を離脱した旧11宮家の男系子孫である男子は除く」とでも加えるのだろうか。それが大きな問題を生むことになる。