「本望やろな、大好きな温泉で」
それは、いつも通りの何も変わらない5月の朝だった。
昭夫さんは毎朝、近所の温泉に行く。その日も「行ってくる」と出かけたのに、まさか、帰らぬ人になってしまうとは。まだ41歳、新しいタイプの映画館を始めてわずか10カ月後のことだった。
「朝風呂が好きでね、家のお風呂になんか、入らないから。本望やろな、大好きな温泉で」
誰一人、まさか、大切な家族をこんな形で永遠に失うなんて思ってもいない。次女の実紀さんは当時、11歳。
「病気とか何もなくて亡くなったので、家族3人、誰も覚悟ができてない。当時のお葬式の写真を見ると、みんな『え?』って感じ。狐につままれた感じ。泣いてない」
大事な伴侶の喪失を、照さんはどう受け留めたのだろう。照さんは40歳になったばかり。夫婦の時間がこんなに短いものになるとはもちろん、夢にも思わない。
「あんまり、考えないようにしてた。考えると、つらいから。だけど41歳って、今からよねー」
照さんは多くを語らない。当時に戻れば、際限のない悲しみに引き戻されてしまうかのように。
「映画があったから、助かった。3日間だけ閉めて、その翌日から開けたから。正月も休みなし、大晦日だけ夕方までの映画館だったから、変えなかった。今日かかる作品を観たい人は必ず、いる。だから、開けなきゃって。映画に関しては、彼より私のほうが先輩や、と思ってもいたし。当時はオールナイトで朝4時までやっていたの」
生涯の伴侶に見守られる映写室
自分の使命は映画館を開け、お客を迎え、上映を続けること。
夫亡き後も、やることは変わらない。その当時、高校1年と小学6年の娘は二人で過ごしていた。実紀さんは言う。
「同じビルに、母方のおばあちゃんがいたから、その安心感はあったかな。おばあちゃんの家で朝食を食べて、学校に行ってました」
母と娘の3人だけになった家族は、それぞれの悲しみを抱え、前に進むしかなかった。
今も映写室のスクリーン側の壁には、昭夫さんの写真が飾られている。照さんは毎日、ここで手を合わせる。昭夫さんという生涯の伴侶に見守られて、照さんはその倍以上の歳月を、今日も映画と共に生きている。
福島県生まれ。ノンフィクション作家。東京女子大卒。2013年、『誕生日を知らない女の子 虐待――その後の子どもたち』(集英社)で、第11 回開高健ノンフィクション賞を受賞。このほか『8050問題 中高年ひきこもり、7つの家族の再生物語』(集英社)、『県立!再チャレンジ高校』(講談社現代新書)、『シングルマザー、その後』(集英社新書)、『母と娘。それでも生きることにした』(集英社インターナショナル)などがある。