高市発言を擁護した人の心理
一方、この発言を「許容範囲」と考える人々は、異なる心理的枠組みを持っています。「政治はプロの世界なのだから、厳しくて当然だ」という思考です。
この場合、リーダーの「ラフさ」は「本気度の表れ」と解釈されます。心理的には、厳しい環境を生き抜いてきた自負(生存者バイアス)があり、「厳しい指導や指摘=必要な試練」という価値観を内面化しています。
加えて、「強いリーダーが自分たちを引っ張ってくれる」という安心感を求めている場合も、そのリーダーの攻撃性を「頼もしさ」としてポジティブに変換しがちです。また、身内や支持者も、多少の粗野な言動を「身内ゆえの甘え」や「信頼の証し」として矮小化する傾向があります。
パワハラと認定されるかどうかは、発言の受け手である赤沢大臣自身が「パワハラ」と感じるかどうかも重要です。もし、赤澤大臣が「首相に恥をかかせた自分は無能だ」「次はもっと完璧にしなければ」と過度に自分を追い込んでいた場合、心は悲鳴を上げます。しかし、同じ組織に所属する者として、「首相はメンツが立たなくて焦っているのだな」と、相手の感情を客観的に観察できる状態なら、ダメージは軽減されます。
とはいえ、大臣も人間。テレビ中継もある国会で、髙市さんに「言いましたよね」と高圧的に言われたとき、首相と大臣という上下関係を公の場で見せつける発言のようにも見え、一瞬、嫌な感情をもった可能性も否定できません。
加えて、現在の日本社会では、「目的のためには手段や言い方を選ばない」という旧来の価値観と、「いかなる理由があっても個人の尊厳は侵されない」という新しい価値観が激しく衝突している状況です。今回の高市首相の発言がこれほど波紋を呼んだのは、この価値観のズレが可視化されたからだと言えるでしょう。
男性首相が「恥をかかせるな」と言ったら
もうひとつの要因は、今回の構図が「女性上司と男性部下」だったからです。もしこの発言をしたのが男性首相だった場合、世間やメディアの反応は違っていたでしょう。
これまでの日本の政治文化や企業社会では、男性リーダーによる高圧的な言動は「厳格な指導」や「リーダーシップ」として容認、黙認されてきました。よって、男性首相だった場合は「あの大物政治家ならそれくらい言うだろう」「厳しい人だし」という言葉で片付けられていた可能性があります。
また、男性のラフな言動は「豪腕」「親分肌」とポジティブに変換されやすいのに対し、女性のラフな言動は「品格がない」「感情的だ」とネガティブなバイアス(偏見)で捉えられやすい傾向があります。
これは、女性リーダーが「ダブルバインド」という心理的に非常に難しい状況に置かれやすいことに起因しています。ダブルバインドとは、2つの矛盾したメッセージを同時に受けることで、心理的なストレスを感じたり、混乱したりすることを指します。
女性リーダーが強気な発言をすると「攻撃的だ」「女性らしくない」と批判されやすく、一方で、物腰を柔らかくすると「決断力がない」「リーダーに向いていない」と軽視されやすいのです。