愛子さまの「ご覚悟の表れ」
このたびの天皇ご一家おそろいでの福島ご訪問は、大きな苦難を背負ってきた地元の人たちにとって、大きな労わりと励ましになったのではあるまいか。とくに、敬宮殿下がご一緒されたことの意味は小さくないはずだ。
それは、東日本大震災と福島原発事故の記憶と教訓が、次の時代へと確実に受け継がれることを願う両陛下のお気持ちの発露であり、またその重い責務を自ら背負おうとされる、敬宮殿下のご覚悟の表れでもある。
天皇皇后両陛下は、これまで繰り返しご公務に敬宮殿下をともなわれている。ご一家おそろいでご公務に臨まれるなさりようは、「令和流」と表現することも許されるのではないだろうか。
「令和流」公務が「帝王学」に
令和流は、ご家族の皆さまで国民に寄り添おうとされるご姿勢から、生まれた。国民に対して最も思いやり深いなさりようであるとともに、その仲睦まじいご一家のお姿そのものが、人々に癒やしと勇気を与えてくれる。
さらに敬宮殿下の目覚ましいご成長ぶりを通して、次の時代への希望も感じることができる。もちろん敬宮殿下にとっては、それが結果的に最高の「帝王学」(象徴学)にもなっているに違いない。
この令和流は、皇室の大切な精神を敬宮殿下に受け継いでほしいという天皇陛下のお気持ちを、振る舞いを通じて国民に示されているものだろう。さらに今年の天皇誕生日に際しての記者会見では、そのご本心がご発言としても、これまでになく明確に示されていた。
ところが、皇室の将来に責任を負うべき政治の現実はどうか。
小川代表の“腰の引けた姿勢”
中道改革連合の小川淳也代表が3月27日の記者会見で「女性天皇を生きているうちに見てみたい日本国民の1人だ」と発言して、波紋を呼んだ。54歳という小川氏の年齢を考えると、これは「愛子天皇」待望論としか受け取れない。
有力な政治家が公式の場で愛子天皇待望論を語ったのは、おそらくこれが初めてではないだろうか。しかし、同氏は4月3日の記者会見でたちまち前言を撤回してしまった。
撤回の記者会見では、私見として「将来的に女性天皇の議論があっていいが、皇室制度改革は歴史と伝統を重んじて漸進主義的でなければならない」と述べた。「女性天皇」の議論そのものは排除しないが、愛子天皇待望論にあたる部分については撤回する、という趣旨だろう。
これに対して、識者からは以下のようなコメントが寄せられている。
「これは撤回などせず、言い続けた方が、与党との主張の差別化もできてよかったのではないでしょうか。もったいない。今の国会の議論は民意を反映しているのでしょうか。女性天皇も含めて議論してほしいと思います」(名古屋大学大学院准教授の河西秀哉氏)
「歴史と伝統を重んじて漸進主義的」という言い方が、いかにも腰の引けた姿勢を見せつけた。