繰り上げ受給で「損する人」
年金の繰り上げをしてはいけない人についても、4つのケースに整理して詳しく見ておきたい。
【繰り上げ受給で損する人】
1つ目は「60代以降もしっかりと収入がある人」。このような場合、年金の繰り上げ受給の必要性がそもそも高くない。とくに在職老齢年金制度により厚生年金の支給停止のリスクがあるような高収入の人は、繰り上げ受給を検討する余地はほぼないといえるだろう。
2つ目は「健康状態が良好で長生きする自信がある人」だ。健康長寿であるほど、繰り上げ受給による損失の影響を受けやすい。健康で活動的な生活を送っており、家族にも長寿の人が多いというケースではとりわけ慎重に検討すべきだろう。先述のとおり60歳繰り上げの損益分岐点は65歳受給と比べて81歳前後だが、90代まで生きれば累計の損失はかなりの金額になる。
3つ目は「障害年金や遺族年金を受け取る可能性がある人」。障害年金については、繰り上げ受給の申請をすると、その後に重い障害状態になっても障害基礎年金の「事後重症請求」ができなくなる。また、繰り上げ後に脳梗塞や心筋梗塞、がんといった重篤な障害を負っても、障害年金への切り替えはできない。持病がある人はとくに意識してほしい点だ。遺族年金については、自分の老齢厚生年金額が配偶者の遺族厚生年金より少ない場合に問題が生じる。異なる年金の併給調整は複雑なので、慎重に考えるべきだ。
4つ目は「任意加入などで、まだ年金額を底上げできる余地がある人」だ。国民年金の加入期間が40年(480カ月)に満たない場合、60歳以降も65歳まで任意加入して保険料を納めることで年金額を増やせる。満額でない年金を繰り上げ受給して減額されるのは、おすすめできない。
ここまで述べてきた項目を、一覧で整理すると次のようになる(図表2)。
寿命は不明だからこそ「納得感」を大切に
「繰り上げ受給はやめるべき」という指摘は多くの場合、正しい一般論だ。しかも、繰り上げ受給は一度選べば取り消せない。だからこそ、障害年金などのセーフティネットへの影響を十分に理解しておく必要がある。
しかし、人の寿命は誰にもわからない。確率論に振り回され、「今」という貴重な時間を犠牲にすることが、後悔につながる場合もあるだろう。
自分の健康状態、資産、そして何より「どう生きたいか」という価値観に照らし合わせる。その結果導き出した決断であれば、それがどのような選択であっても納得感を得られるのではないだろうか。
群馬県前橋市出身。明治大学法学部卒業。大学卒業後、IT企業でエンジニアとして15年間勤務し、金融システムや物流システムの開発に従事。その後、国内生命保険会社へ法人コンサルティング営業職に転身し、2009年に独立系ファイナンシャルプランナーとして開業。以後、個人向けマネー相談や企業向けコンサルティングの他、企業型確定拠出年金導入企業向け従業員研修の講師などに携わる。2020年より金融経済ライターとしても経済メディア、メガバンクオウンドメディアなどに実務経験を活かした記事を寄稿。著書『60分でわかる!住宅ローン超入門』(技術評論社)。日本FP協会認定CFP。