繰り上げで豊かに暮らす人の選択

数字だけでは語れない繰り上げ受給の合理性を、具体的なケースで見てみよう。

Aさん(62歳・独身男性)は、自動車整備工場に長年勤めた後、60歳で定年退職を迎えた。継続雇用という選択肢もあったが、「現役時代の仕事があまりにハードだった。退職後はのんびり生活したい」という思いが強く、退職を決意した。

親から受け継いだ持ち家があるため住居費の心配はない。60歳から年金を繰り上げ受給し、月額は約10万円(減額後)。現在は元職場の繁忙期に手伝いに行く程度の「緩い労働」を続けつつ、日々の多くを趣味の山歩きに費やしている。驚くべきは、1500万円ある退職金にはほぼ手をつけず、将来の自宅リフォーム費用として温存できている点だ。「長生きしたら損かもしれないが、元気なうちに使いたい」という価値観での判断だ。

工場で働くシニア男性
写真=iStock.com/YOSHIE HASEGAWA
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Aさんの事例から浮かび上がってくるのは「年金繰り上げ+緩やかな就労」という生活設計の有効性だ。年金の支給額が減額されても毎月口座に振り込まれる一定額の現金(給与)は、精神的な「ベーシックインカム」として機能する。年金という定収入によって給与額だけを求めて心身を削る働き方から解放され、週2〜3日の労働や、やりがいを重視した仕事へとシフトが可能になる。

このスタイルは、資産寿命を延ばす効果も高い。「年金+少額の労働収入」で生活が回せれば、退職金や預貯金を取り崩すスピードを抑えられるからだ。

繰り上げ受給で「得する人」

もちろん、繰り上げ受給には明確なデメリットがあるため、すべての人にすすめられるわけではない。また、もとより繰り上げ受給をする必要性のない人も少なからず存在する。ではここで、繰り上げ受給で得する人(合理的な選択になりうる人)としてはいけない人(損をしてしまう人)を整理していこう。

【繰り上げ受給で得する人】

繰り上げ受給で得する人について、3つのケースを詳しく見ておきたい

1つ目は「収入・貯蓄が乏しく、当面の生活資金が必要な人」だ。60歳でリタイアしたが退職金も少なく、次の仕事も見つからないという状況では、65歳まで年金を待つ余裕がない。カードローンなどで借入をするより、減額を承知のうえで繰り上げることは合理的な選択だ。

2つ目は現在でも繰り上げ受給するケースの多い「自営業者・フリーランス」だ。生活が苦しくて繰り上げを選択する自営業者やフリーランスもいるだろうが、事業収入と繰り上げた年金を組み合わせて収入の安定化を図るのはリスクヘッジとして有効といえるだろう。

3つ目は健康なうちにお金を使いたいという「ライフスタイル優先」での繰り上げにも、金銭的な損得を超えた合理性がある。先述したとおり、消費支出は年齢とともに減少していく。年金の総額を最大化するより、元気に動ける時期に手元の資金を厚くしたいという考え方にも一理あるといえる。減額を承知のうえで、豊かに使える時間に投資する選択だ。