「怒り」の投稿はフェイクでも拡散する

SNSについては興味深い研究があります。ちょっと前になりますが、2014年に中国の学者が「怒りは喜びよりも影響力がある」という論文を発表しています(*)

Anger Is More Influential than Joy: Sentiment Correlation in Weibo

2010年から2011年にかけて「Weibo」における約28万人のユーザーと約7000万件のデータを分析し、ユーザー同士がどういった感情でつながっているかを調べたのです。それによると、「怒り」「喜び」「嫌悪」「悲しみ」の4つの感情のうち、人々はとくに「怒り」の感情を共有してつながっている傾向があることが明らかになった、といいます。

また、フェイクニュースは、本物のニュースと比較すると怒りの感情が多く、喜びの感情が少ないという研究成果も出ています(*)。つまり「怒り」の投稿ほど、フェイクであっても拡散されやすいのです。

The spread of true and false news online

いったんSNS上で燃え始めた「怒り」の炎は、あなたが論理的に説明をしてもなかなか鎮火しません。というのも、投稿してくる人たちは、自身の考えが(たとえフェイクをベースにしていたものであったとしても)「絶対に正しい」と信じているからです。自分の意見こそが「絶対善」だと思っているのです。

まっすぐこちらを指さす男性
写真=iStock.com/NickS
※写真はイメージです

「正義感」という名の快楽

正義感というものはやっかいなもので、間違っている人を糾弾きゅうだん・攻撃することでドーパミンが放出され、快楽にはまってしまいます。

たとえばコロナ禍の頃、営業を続ける店や外出をした人に対して、ネット上でひどく過剰な攻撃が繰り返されたことを覚えている人は多いはず。

脳科学者の中野信子さんと対談したとき、中野さんはそのような人のことを「正義中毒」と呼んでいました。自分の考えと異なる人に向けて「正義」の攻撃メッセージを送ることに快感を覚え、止められなくなってしまうのですね。

私はかねて、「困った人」の多くは「頭が固い」と指摘してきました。自分が正しいと信じ込み、自分と異なる意見は一方的に否定します。つまり、自身の価値観による「絶対善」に従って生きているわけです。

この「絶対善」にとらわれている人の比率は、どうもリアルな社会よりもSNS上の世界に多いと感じています。