たくさんの人の立場から言葉を選ぶ

「この言葉は本当に届いているのか」

テレビは多くの人にご覧いただいていますが、スタジオにいる私たちは、みなさんのお顔を拝見することはできません。

だからこそ常に、「この言葉は本当に届いているのか」と自分に問いかけています。

新型コロナウイルスの緊急事態宣言が出された時、テレビ画面は「人の少ない渋谷のスクランブル交差点」を映し出しました。

この交差点をどう表現するか。アナウンサーによって、テレビ局によって、それぞれのスタンスがありました。

あの緊急事態宣言の状況下ですから、異様な光景とするか、あるべき光景とするか、単に「人がいません」とだけ言うか。

そんな中、私が大切にしていたのは、たくさんの人の立場から言葉を選ぶということでした。

医療従事者は
飲食店経営者は
学校の先生は
感染症の専門家は
ご高齢の方々は
赤ちゃんのいるお母さんは、
渋谷の交差点をどんな思いで見ていたのか。

いろいろな立場の方の顔が浮かびました。

でも、あちらを立てればこちらが立たずの堂々巡りで、言葉が決まりません。

多様な人々
写真=iStock.com/Rawpixel
※写真はイメージです

時間を共有している人たちにメッセージを伝えたかった

結局、私は

「今テレビを見ているみなさんのご協力で、人との接触が防げています」

と、お伝えしました。

藤井貴彦『伝える準備』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)
藤井貴彦『伝える準備』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)

この交差点にいない人は、テレビの前にいるかもしれないと思ったからです。

もっと多くの人に伝わるメッセージもあったはずです。

しかし私の言葉は、テレビをご覧になっている方にしか届きません。

だからこそ、今時間を共有しているみなさんにメッセージを伝えようと考えたのです。

私は、誰かを批判することよりも、誰かを励ますことを選びました。

この言葉に対する嫌悪感もあると思います。

しかし私は、

「政府にはしっかりとした対策を求めたいものです」

といったようなコメントで、いただいた数秒の機会を消費したくなかったのです。

見栄えのいい言葉だけが届くのではなくて、鋭い批判だけが力を持つのではなくて、相手を頭に思い浮かべた言葉こそが届くのだと信じています。

Q あなたが言葉を届けたい人は誰ですか?
藤井 貴彦(ふじい・たかひこ)
フリーアナウンサー

1971年生まれ。神奈川県出身。慶應義塾大学環境情報学部卒。1994年日本テレビ入社。スポーツ実況アナウンサーとして、サッカー日本代表戦、高校サッカー選手権決勝、クラブワールドカップ決勝など、数々の試合を実況。2010年2月にはバンクーバー五輪の実況担当として現地に派遣された。同年4月からは夕方の報道番組「news every.」のメインキャスターを務め、東日本大震災、熊本地震、西日本豪雨などの際には、自ら現地に入って被災地の現状を伝えてきた。