【FV】サバンナ八木2

お笑いコンビ「サバンナ」の八木真澄さんが、今年6月、難関資格といわれるファイナンシャル・プランニング(FP)技能検定1級の学科試験に合格した。現在は9月の実技試験に向け、営業などの仕事と並行して勉強を続けている。中高年のリスキリングを体現する八木さんに、FP資格にチャレンジした理由、資格取得後に仕事に起こった変化について聞いた。

レギュラー番組消失をきっかけに勉強をスタート

リアルな話、2年前、48歳のときにレギュラー番組がゼロになったんです。僕は19歳のときに初めてテレビに出させてもらって、仕事が軌道に乗ってからは、月曜は生放送、火曜はラジオ、水曜はロケ、木曜は生放送、土曜は営業、日曜は収録というルーティンを続けてきました。それがある日、チーフマネージャーが「八木さん、ちょっとお話あるんですけど」と声をかけてきた。これ、芸人からしたら一番怖い言葉なんです。何かあるなと思ったら、案の定、「大阪の番組なんですけど、サバンナさん卒業ということで……」って言われたんです。

その後は1本、また1本とレギュラー番組が減っていきました。そして、最後のレギュラー番組が終了すると聞いたのが2022年の秋。その時の気持ちは、動揺とも、驚きとも、腹立たしさとも違う感情でしたね。「うーん……」っていう感じで、ただただ動けなくなりました。

テレビのレギュラーがなくなった当初は、何をしていても楽しめない日々が続きました。気晴らしをしようとジムやサウナに行ってもテレビが置いてあって、かつて自分が出ていた番組に他の人が出ているのを見るとストレスになるんです。相方(高橋茂雄氏)はレギュラーが10本もあるし、「ザ☆健康ボーイズ」で15年間コンビを組んできた(なかやま)きんに君も、吉本を退社してバリバリ稼いでる。それにひきかえ僕は、今日、明日食べるお金もない。しかも僕だけ家族がいる。1人負け組です。そんな状況の中、「どうしよう……」と思って勉強を始めたんです。

FPの勉強を始めてみると、精神的に安定していくのが自分でもわかりました。勉強をやっているときは他のことを考える必要がないからラクなんです。朝起きたら勉強する。疲れたらご飯を食べて勉強する……夜8時ぐらいになってお風呂に浸かっていると、「今日、なんか頑張ったなぁ」って思えるんです。そして、お風呂上がりに1時間ぐらい復習してからお酒を飲んでいると、なんか楽しい自分がいたんですよ。3カ月後の試験に向けて勉強だけに集中する生活を送ってたら、「おいしくお酒が飲める日々」がやってきたんです。

僕が勉強を始めたのが2022年の5月で、その年の9月には3級、翌年の1月には2級に合格しました。1級の学科試験は3回不合格だったんですが、今年5月に行われた試験でやっと合格しました。今は9月の実技試験に向けて勉強しています。

僕は今年の8月で50歳になりましたが、結果的に、このタイミングで自分を見つめ直すことができたのは幸運だったと思ってます。冷静に考えてみると、サラリーマンの定年である65歳以上で今、コンビでテレビの全国ネットにレギュラーで出ている人はほぼいないんですよ。さまぁ~ずさん、爆笑(問題)さんは50代後半、くりぃむ(しちゅー)さん、ナイナイ(ナインティナイン)さんは50代前半。その下となると40代の千鳥まで下がってくる。サラリーマンの人は役職定年や早期退職があって55歳くらいでもう先が見えるじゃないですか。「自分の賞味期限はあと1、2年。そんなら新しいところを行かないと……」というのが正味な話です。

専門知識を身につければ、パネラーとして活躍できる

最近、「なぜFPの資格を取ろうと思ったのか?」ってよく聞かれるんですけど、お笑い芸人で持ってる人がいない、っていうのも理由のひとつです。僕はトークがそんなに得意じゃないから、今は『ミヤネ屋』とか『ひるおび』みたいな番組には呼んでもらえないけど、「専門知識さえあれば行けるな」と思ったんです。

今は、年金の話題なら社労士の先生、税金がテーマなら税理士の先生がパネラーとして呼ばれますよね。でもFP1級を持ってる芸人がいたら、値上げの話題から年金、税金、新NISAの話まで、すべて具体的な数字を挙げて、高いレベルで説明できるじゃないですか。その部分は戦略的に考えてましたね。

僕は、世の中の仕組みは「お金の流れ」と「組織図」を見れば理解できると思ってるんです。例えばサラリーマンだったら、自分の会社、つまり枝葉の部分だけ見てても何もわからない。親会社があるなら、重要な経営判断を下すときには必ず親会社の意向が影響するでしょう。組織図が「骨」だとしたら、お金は「血液」です。骨の中をどのように血液が流れるか……それを見たら大体のことは見えてくるんですよ。

僕も長いこと芸人やってますから、ご飯に連れてってもらうときには「誰が金を払ってんねん?」と観察します。その場の会話っていうのは、お金を払う人から発生する。クラブのママさんも、「いま立てるべきはどの人か?」を理解した上でその場の会話をリードする。会話も結局はお金の流れなんです。

「マネーに強い芸人」として、仕事の幅を広げたい

今後は、お笑いとFPの知識を掛け合わせて仕事をやっていきたいと思ってるんですが、今はまだ手探りの状態ですね。

この前、あるバラエティ番組に出たときに資産運用の話題になって「何が儲かんねん?」って聞かれたんです。そのときは「アメリカ国債なら利回り4%もあるからいいですよ」って答えたけど、お金の話って説明が難しいんですよ。ちゃんと説明しようと思ったら尺がめっちゃかかるじゃないですか。それを30秒で答えろって言われたら、もう無理なんです。バラエティにはバラエティのスピード感があるから、「この電卓、みどりの窓口で使ってるのと同じやつで7000円もするよ」とか、そういうボケで笑いを取ることしかできないんです(笑)。

サバンナ八木氏_後半本文
FPを目指して勉強を始めて以来、肌身離さず持ち歩く電卓。メモリー機能なども駆使する。利回り計算をするために、ボタンをたたく指運びも軽やかだ。

営業では、ビジネスに関連した依頼も来るようになりました。この前やった仕事は、最初のオファー時点では普通の営業だったのに、本番1週間前になってマネージャーが「八木さん、『タンクトップじゃなくてスーツでお願いします』って言ってます」と言うんです。2日前にもまた連絡があって、今度は「八木さん、客イジリなしでお願いします。笑いとかいいから」って言われて(笑)。スーツ姿で、笑いなしで30分間はさすがにキツイなと思いながら当日を迎えました。結局はアドリブで「僕がどうやってレギュラーを失っていったか」みたいな話を放り込んで、なんとか30分話し終えたら、そこの社長さんが喜んでくれて、「お前な、芸人アカンかったらウチの会社来い!」って言ってくれました。

もっとリアルに「FPとして来てほしい」というオファーもあります。クライアントはある銀行で、「行員のFP1級取得に取り組んでいる。そのプロジェクトチームがあるから、すでに資格を取った行員2人と八木さんとで、資格取得に至るまでの体験談を話してほしい」って言うんです。

こんなふうに、営業は相手によっていろんなやり方ができるから可能性が広がりますよね。例えば「子どもを対象にお金の話をしてほしい」って言われたら、学びのパワーポイントを作ってわかりやすく説明したり、クイズ形式で「みんなは子どもやけど、税金払ってる?」って問題を出して、正解は「払ってます。消費税があります」とかね。お客さんの希望するテーマや時間に合わせていろいろ工夫できるじゃないですか。

今はちょうど過渡期なんで、ときには無茶ぶりされて大変なこともありますけど、これからも勉強は続けつつ、それを芸人としておもしろく伝えていけたらいいなと思っています。今後が楽しみですね。

『年収300万円で心の大富豪』書影
『年収300万円で心の大富豪』
サバンナ 八木真澄 著/KADOKAWA/本体価格1,600円+税
八木さんが自分自身のために書きためた、400個以上の“お金に関するマイルール”から75個を厳選してまとめた一冊。全5章からなる本書の第4章のタイトルはズバリ「FPとしてのアドバイス」。「勝てないけど負けないことはできる」「出世しても上がらない手取り額」など参考にすべきアドバイスが並ぶ。

(取材協力=サバンナ 八木真澄、構成=梅澤 聡、撮影=キッチンミノル)