東大を出て日本銀行大阪支店長から安田本社に転じる

結城豊太郎(1877〜1951)は山形県の酒造家に生まれ、1903年に東京大学政治科を卒業。日本銀行に入り、秘書役、京都支店長、名古屋支店長を経て、18年大阪支店長、翌19年に日本銀行理事に就任した。

のちに大蔵大臣になった結城豊太郎(中央)
のちに大蔵大臣になった結城豊太郎(中央)(画像=『サンデー毎日』1937年3月7日号/PD-Japan-oldphoto/Wikimedia Commons

1921年、結城は安田財閥に招聘され、安田保善社(財閥の本社)専務理事、および安田銀行副頭取に就任。事実上のトップに就いた。日本銀行総裁の推薦でやってきた結城に対し、安田財閥はあまりありがたく思っていなかったらしい。「大臣級の人物を」と頼んだのに、選ばれた結城が支店長級だったからだ。しかし、結城はヤリ手だった。