山積みの課題

先輩方が丁寧にフィードバックをしてくださるものの、1つ気をつけたら他のことが抜け、またそちらに気を取られて別の点が抜け……という状態で、わたしはいっこうにスムーズに話せるようにはなりませんでした。もう情けなくてたまりません。

なかなか進まないので、いったん話し方には目をつぶってもらっても、

「最初に用件を言わないと、こっち(お客側)も話を聞く姿勢がつくれないよ」
「話が長すぎて、なにを言いたいのか全然わからない」
「こちらの質問に対する答えがズレていて、よけい混乱しちゃうかも」
「そもそものサービス説明が間違ってる。商品のこと、覚え直そう」
「相手の反応も待たずに一方的に喋りすぎだから、まずは対話をするのを心がけよう」

こちらも、もはや書ききれないほど課題は山積み。

忙しい先輩方の時間をすでに何十時間も使わせているのに、同じことを何度も指摘させてしまい、まったく成長を見せられない自分に悔しさが募ります。

1つひとつできるようになっていこうね、と言ってくれる優しさに、逆に怒鳴られたほうがまだマシかもしれない……と苦しくなっていきました。

メモがはられたラップトップ
写真=iStock.com/baona
※写真はイメージです

「君の強みはこれだよ」と言われた日

そんなある日のこと。

いつものように朝の特訓を終え、肩を落としてデスクに戻ると、隣の席の先輩が声をかけてきました。

先輩は社内一の売れっ子営業マンで、早朝の特訓にもなかなか来られない多忙な人でしたが、その日はたまたま遭遇したのです。

「お疲れ。その顔は、またうまくいかなかったん?」

暗い顔でわたしがうなずくと、わかりやすいな、と先輩はケラケラ笑いました。

そして次の瞬間、こう言ったのです。

「まあ、愛さんはマジで喋るの下手やもんね。ロープレで話し方中心に鍛えても、なかなかうまくならんやろなー。でもさ、愛さんは喋ることより“聞くこと”のほうが得意なんちゃう?俺はそっちの強みを活かせばいいと思うけどなあ」

ん? 先輩はなにを言ってるんだろう……?

脳がフリーズし、困惑した表情を浮かべるわたしを見ながら、先輩は続けます。

「愛さんって、会社でみんなの話を最後まで邪魔せず、真剣に聞いてるイメージなんよね。人の表情とかもじっと見て、気持ちを読み取って動いてるように見える。俺もそういう共感力みたいなものがあったらって思わされる。愛さんは気づいてないかもしれんけど、それはきみの才能やと思うよ」

え……? わたしの……才能?

「話を聞くこと」「共感すること」って、こんなものが……?

ガツンと頭を殴られたような衝撃のあと、目の奥からジワっと涙があふれてきました。

「これがきみの才能だ」なんて言ってもらったのは、生まれて初めてだったからです。

「人よりできないこと」が圧倒的に多くて、ずっと「自分には才能なんてない」と思って生きてきたわたしにも、なにかの長所があるのかもしれない、と一瞬でも思えたことがすごくうれしかった。

「愛さんは喋ることより“聞くこと”のほうが得意なんちゃう?」

さっき先輩がくれたこの言葉の意味を、わたしは頭の中でずっと考えていました。

今はまだ全然信じられないけど、もしも先輩が言うとおり、「聞くこと」がわたしの強みなんだとしたら……、それをやってみろってこと?