※本稿は、沢渡あまね『「すぐに」をやめる ネガティブ・ケイパビリティの思考習慣』(技術評論社)の一部を再編集したものです。
1on1で上司から「何か気になることは?」と切り出され…
黒部みゆき。彼女は1カ月前に中堅スタートアップであるシューパロシステムズに中途採用で入社した。シューパロシステムズの文化は前職の大企業と異なり、黒部はお作法の違いに戸惑いながらも、なんとかまわりのメンバーとコミュニケーションをとり、良い関係も築いてきた。
今日はマネージャーである薗原との1on1ミーティング。シューパロシステムズでは、マネージャーと担当者との間で、週1回最低30分の1on1をおこなうことになっている。毎度、日々の業務の進捗確認がメインだが、今日はとりたてて話すこともない。たびたび流れる沈黙の時間に、黒部も薗原も明らかにぎこちなさを感じていた。
「ほかに、黒部さんが気になっていることとかありますか?」
残り5分で、薗原がこう切り出した。
とりたてて何も思いつかない黒部。そうはいっても、せっかくマネージャーが会話のボールを投げてくれたのだ。何も返さないのも無粋である。どうせなら、日々の業務進捗以外の気づきでも話をしてみよう。
そういえば黒部は、同じプロジェクトのメンバーの鶴田の行動や言動が気になり始めていた。鶴田は他部署に所属する新卒入社3年目の若手で、優秀ではあるものの自信家なところが鼻につく。ほかのメンバーに対する攻撃的な言動やふるまいが気がかりだった。とはいえ、尖った若手にありがちな行動だと思うし、騒ぐほどのことでもないとは思う。
「そうですね。あえて言うならば……」
そう前置きし、黒部は鶴田のことを話した。次の瞬間、薗原は表情をこわばらせた。
「なに、鶴田さんそんな態度なの? 優秀で爽やかな若手だと思っていたのだけれども。それは問題だな、すぐ解決しよう!」
そういうが早いか、薗原は出て行ってしまった。
これはまずい。いきなり大ごとになってしまった。焦る黒部。
雑談程度のつもりの相談が大ごとに
翌日、黒部はプロジェクトメンバーの数名から聞かれた。
「ねえ、いったい何があったの。薗原さんから、鶴田さんのことについてあれこれ聞かれたんだけれども……」
どうやら、薗原がプロジェクトメンバーに事情を聴きまわったようだ。鶴田の上のマネージャーにも話がいっているらしい。大ごとにするつもりはなかったのに、「何かありませんか」と聞かれたから、なおかつ黒部は入社が浅いこともあり社交辞令のコミュニケーションのつもりで、雑談程度に気になったことを話しただけなのに……。これでは、黒部はまるで「お騒がせさん」である。
聞けば、シューパロシステムズのマネージャーは、会議や1on1で知った内容は即上層部にあげ、かつ即解決するよう言われているらしい。
「この会社の1on1ミーティングでは、迂闊なことは言えないな……」
黒部は心にそっと蓋をした。