信用創造がイノベーションを生み出す
銀行は、貸出しを通じて、預金という貨幣を無から創造する。この信用創造(貨幣創造)を理解することは、決定的に重要です。
なぜなら、信用創造が大規模な新結合、つまり大規模な新規事業を可能にするからです。そして、それによって、発展しない「静態的」な経済は、発展する「動態的」な経済へと転換するのです。
シュンペーターは、こう述べています。
私たちの考える意味での、信用のただ一つの本質的な機能は、すでに知っているように次の点にある。つまり、信用の供与により、企業者はその必要な生産手段に対する需要を増大させて、それを従来の用途から引き抜き、経済を新しい軌道に乗せることができる。
こうして信用は、財を引き抜く手段となる。さて私たちの第二の命題は、以下の通りである。すなわち、信用が過去の事業の成果や過去の発展によって得られた購買力の貯えから与えられることがなければ、信用はそのつど創造される信用支払手段だけからなるしかない(*6)。
大規模な新規事業を実現に導く銀行の役割
もちろん、企業は、自らの貯蓄や、他人の貯蓄から資金を調達して、新たな事業を行なうこともできるでしょう。しかし、資金調達を貯蓄だけに頼っていたら、大規模な新規事業を行なうことは難しいでしょう。
しかも、貯蓄というのは、シュンペーターも書いているように、過去の事業や過去の発展の成果です。したがって、過去に成功した事業がない場合は貯蓄がなく、新しい事業を行なうことができないということになってしまいます。
しかし、事業に将来の可能性さえあれば、何もないところから、貨幣をいくらでも創造して、それを事業資金として投入することができる、そんな仕組みがあれば大規模な新規事業であっても実現することが可能となるでしょう。
そして、まさに銀行とは、事業に将来の可能性さえあれば、何もないところから、貨幣をいくらでも創造できる機関なのです。
したがって、もし、信用創造を行なう銀行という機関が存在しなければ、新結合(イノベーション)や経済発展は、ほぼ不可能であったでしょう。それゆえ、シュンペーターは、「企業者が王であるとすれば、銀行家は市場の最高監督官である」(*7)と言っています。
*1 J・A・シュンペーター著、八木紀一郎・荒木詳二訳『シュンペーター 経済発展の理論』(初版)(日経BP/日本経済新聞出版本部)2020年、P199
*2 前掲書、P191
*3 N・グレゴリー・マンキュー著、足立英之ほか訳『マンキュー経済学1マクロ編』(第二版)(東洋経済新報社)2005年、P221
*4 前掲書、P230
*5 https://archive.nytimes.com/krugman.blogs.nytimes.com/2012/03/30/banking-mysticism-continued/
*6 シュンペーター(2020,p.207)
*7 シュンペーター(2020,p.191)
1996年東京大学教養学部教養学科第三(国際関係論)卒業後、通商産業省(現・経済産業省)入省。2001年エディンバラ大学より優等修士号(政治理論)、2005年同大学より博士号(政治理論)取得。特許庁制度審議室長、情報技術利用促進課長、ものづくり政策審議室長、大臣官房参事官(グローバル産業担当)等を経て、現職。