誰のために町はある?
今回のニューヨークタイムズの記事を読んだ際、以前取材でお世話になった富山の老舗酒蔵の方の話を思い出した。非常にパワフルな方で、日本に限らず世界中のいいもの、いい場所、一流を知る粋人であることが、少し話しただけでも伝わってくるような人。彼が地元にもたらした影響力は相当だと思うのだけれど、そんなことは何も意識せずに、ただひたすら「富山にあればいいなと思うもの」を一つずつ実現させるベく奔走を続けている。
その方が言ったのだ。
「本音を言えば、世界中から大勢の人に富山に来ていただきたいとか思ってない。来たい人だけ来ればいい。私は、ここに暮らす我々にとって町が魅力的になればいいと思っているんです」と。
それを聞いた時に、真理だと感じた。同時に、そんな思いによって紡がれてきた町だからこそ富山の飲食店の魅力は広く讃えられるようになり、私たちはそんな富山に賞賛を贈りたい気持ちでここに来てしまうんではないだろうか。
寒ぶりにホタルイカ、白エビといった富山固有の海の幸がある。県内のちょっと見晴らしの良い場所に上がれば彼方に雪を抱いた立山連峰が見える。日本酒はもちろん、日本ワインでも通を唸らせるような人気のワインがお目見えしている。老舗の居酒屋があれば、世界のレストランガイドに登場するイノベーティブ店もある。
「Amazing Toyama」はこの町の至るところで見かけるキャッチフレーズだ。だが、最もアメイジングだよと思うのは、トレンドや外部の第三者に簡単には迎合しない、富山の静かなプライドなのではないか。……それを確かめるという訪問理由ができた。万歳だ。また近々訪れてみたいと思う。

神戸市出身。『婦人画報』『ELLE gourmet』(共にハースト婦人画報社)編集部を経て独立。主に飲食店やホテル、食に関するプロジェクトのディレクションや執筆活動を行う。訪れた飲食店や食した料理などについてはSNSで発信を続けている。著書に自身の朝食トーストをまとめた『世界一かんたんに人を幸せにする食べ物、それはトースト』(サンマーク出版)がある。