※本稿は、ラリー遠田『松本人志とお笑いとテレビ』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。
松本「女のコメディアンが天下を取ることはありえない」
一昔前までは、お笑いは男の仕事だと相場が決まっていた。女性の芸人も存在しないわけではなかったが、圧倒的な少数派であり、その地位も低かった。
松本人志は、1994年に出版された『遺書』(朝日新聞社)の中で「女はコメディアンには向いていない」「女のコメディアンが天下を取ることは、今後も絶対にありえない」と書いている。
その理由として述べられているのは、芸人は笑いのために恥も外聞もなく自分をさらけ出さなければいけないものなのに、女性は身も心も素っ裸になることができないから、ということだ。
プロの見解として一理あると言えなくもないが、今の時代から見るとあからさまに差別的なニュアンスが含まれている。
女性芸人の歴史は、この種の偏見との戦いの歴史でもあった。
冠番組を持つほど成功した女性は山田邦子と上沼恵美子だけ
近年、女性芸人を取り巻く状況は大きく変わった。お笑い界でも女性の割合がどんどん増えてきて、それなりの存在感を確立するようになった。多くのテレビ番組で女性芸人を見かけるようになって華々しい活躍をしている人もいる。だが、いまだに女性芸人が低く見られているようなところはある。雑誌などの「好きな芸人ランキング」で上位に名を連ねるのは男性芸人ばかりだし、テレビ番組でMCを務めるのもほとんどが男性芸人だ。
2017年に始まった女性芸人限定のお笑いコンテスト「女芸人No.1決定戦THE W」は、新たな女性芸人を発掘しようとする意欲的な試みではある。しかし、誰でも参加できるお笑いコンテストがすでに存在するのに、女性だけを集めて競わせるのに何の意味があるのか、という意見もある。
もちろんお笑いという営みにおいては、基本的には男女平等であり、女性だからといって露骨に差別されるようなことはない。
だが、女性芸人の出世を阻む「ガラスの天井」はたしかに存在していて、彼女たちの活躍は一定のところで頭打ちになっているように見える。
そこを突き破って「天下を取った」と言えるほどの実績を残したのは、長いお笑いの歴史の中でも山田邦子と上沼恵美子ぐらいのものだ。
女性芸人が番組の仕切り役を務めることが少ないのは、差別されているからなのかはわからない。基本的には、テレビ制作者は視聴者のニーズを考えて番組を作っているだけなので、彼らが女性芸人をMCとしてあまり起用しない背景に、どの程度の偏見や差別が含まれているかというのははっきりしない。