「ブス」や「デブ」をいじる笑いが観客にウケなくなった

一昔前までのお笑い界では、芸人は笑いのためならどんなことでもやるべきだ、という風潮があった。頭髪が薄い芸人や太っている芸人は、自分の身体的な特徴をネタに取り入れて笑いを取るのも普通のことだった。女性芸人も例外ではなく、「ブス」や「デブ」であることを自らネタにするような人もいたし、ほかの芸人に容姿についてイジられることもあった。

当然ながら、一般社会で他人の容姿について否定的なことを言うのはマナー違反である。ただ、芸人が芸人に対して笑いを取るためにお互いの暗黙の合意のもとで容姿イジリをするというのは、普通に行われていることだった。

だが、時代も少しずつ変わっていき、たとえ芸人同士のやり取りであっても、見た目のことでからかったり悪口を言ったりするのは不快に感じるという人が増えてきた。女性の容姿イジリに関しては特にその抵抗感が強かった。

笑いはナマモノである。芸人は観客がどこでどう笑うかを見極めて、ネタの中身を日々調整している。誠子や福田は容姿ネタが少しずつウケなくなっていることを感じてそれをやらないことにしたのだろう。

松本の予言から30年、お笑い界は確実に変わってきている

しかし、今のところ、容姿ネタ全般がお笑い界から消えてしまったわけではない。少なくとも男性芸人に関しては、見た目をネタにするのが全面的に悪いことだとは思われていない。男性と女性では見た目に関する意識の違いが大きいため、男性の容姿イジリはまだそこまで嫌悪感を持たれていないのだろう。

ラリー遠田『松本人志とお笑いとテレビ』(中公新書ラクレ)
ラリー遠田『松本人志とお笑いとテレビ』(中公新書ラクレ)

笑いとは緊張からの解放であり、リラックスした状況でなければ生まれないものだ。女性が容姿のことをネタにされたりすると、直接不快に思ったり傷ついたりする人もいるだろうし、そうやって傷つく人がいる可能性を想像するだけでも笑いの妨げになってしまう。

女性芸人が続々と容姿ネタを封印しているのは時代の必然だと言えよう。

松本が著書の中で「女はコメディアンには向いていない」「女のコメディアンが天下を取ることは、今後も絶対にありえない」と書いてから30年の月日が経った。その間に社会は大きく変わり、それに伴ってお笑い界も変わった。今後のお笑い界は当時の松本が想像もしなかったような方向に進んでいくことになるのではないか。

ラリー 遠田(らりー・とおだ)
ライター、お笑い評論家

1979年生まれ。東京大学文学部卒業。テレビ番組制作会社勤務を経て、ライター、お笑い評論家として多方面で活動。お笑いムック『コメ旬』(キネマ旬報社)の編集長を務める。主な著書に『なぜ、とんねるずとダウンタウンは仲が悪いと言われるのか?』(コア新書)、『逆襲する山里亮太 これからのお笑いをリードする7人の男たち』(双葉社)、『とんねるずと『めちゃイケ』の終わり〈ポスト平成〉のテレビバラエティ論』(イースト新書)など多数。