美容師にはピンとこなかった

高校を卒業した斉さんが選んだ職業は、美容師だった。ハリウッド美容専門学校を卒業すると、六本木にあったメイ牛山(ハリウッド美容専門学校学長、ハリウッドビューティーサロン社長等を歴任した)の美容室でインターンを経験した。

美容室内の人間関係も決して悪くはなかったが、いくつかの理由で斉さんは美容師になる道を断念している。

【斉】当時、女性が自立できる職業といったら、一番目に来るのが美容師さんだったのね。ゆくゆくは自分の美容室を持ちたいと思っていたんだけど、挫折をいたしました。背が低いのでいろいろな作業がやりにくいということもあったし、お客様と一対一で接する度胸もなかったのね。

斉さんは自身のことを、「口べたで、社交的でなく、とっつきにくい」と言う。たしかに自分から積極的に喋るタイプではないようだが、どうやら挫折の本当の理由は別にあった。

【斉】実は、美容師という仕事に自信が持てなかったんです。技術を身につけるのに頭が回らないというか、鈍かった。勘が働かないというか……。そう、勘ですね、勘がなかった。

老いた手とスマートフォンと眼鏡
撮影=工藤睦子

美容師には向いていないと感じていた斉さんは、ある日、自宅に高校時代の友だちを招いて手料理をふるまった。すると、その友人が意外な言葉を口にしたのだ。

「私たちだけでこんなに美味しいものを食べるの、もったいないわね」

なんと、このひと言がふーみん誕生のきっかけとなったというから面白い。美容師の仕事にはまるで勘が働かなかったが、料理にはなぜか自信があったのだ。その自信を、友人の言葉が裏付けてくれた。

早速、母親から開業資金を借りると、斉さんは店舗探しを始めた。母親は飲食店の開業には反対だったが、「あなたは言い出したら聞かないから」と開業資金の援助を引き受けてくれた。

キラー通りに生まれた8坪足らずの店

ふーみんの初代の店舗は、明治神宮前にあった。通称「キラー通り(外苑西通り)」に面したビルの地下1階である。新聞広告に出ていた別の物件を不動産屋に見せてもらったもののそこが気に入らず、いくつかの物件を紹介されるうちに、キラー通りの物件に行きついた。

この最初のお店のロケーションが、ふーみんと多くの著名人の関りに重要な役割を果たすことになるのだが、決め手はいったい何だったのだろうか。

【斉】わずか7.95坪の小さなお店でした。地下といっても階段を降りてすぐだったから外からの光が入って、「地下のどん詰まり」という感じがしなかったのね。あとは、景色が気に入ったの。青山通り(国道246号線)から千駄ヶ谷の方に抜ける景色に、なにか雰囲気があったんです。

美容師の仕事にはピンとこなかったが、この物件にはピンとくるものがあった。

【斉】縁もゆかりもない場所だったのにね。