定年女性を支援する人材紹介業で独立

そして、中本さんはまた新たな挑戦に挑む。2020年、57歳の時、定年退職を機に個人事業主として人材紹介業を始める決断をするのだ。定年まで残り約2年半、その準備と組織の活性化のため、働く女性のネットワークの中心的な役割を後進に譲ったという。

奥田祥子『等身大の定年後 お金・働き方・生きがい』(光文社新書)
奥田祥子『等身大の定年後 お金・働き方・生きがい』(光文社新書)

「人事部から消費者相談窓口に戻り、働く女性たちのネットワークの活動を始めた頃から、漠然とではありますが……定年後こそ何か、お役に立てることがあるんじゃないかと考えるようになって……人材紹介業の立ち上げを思い立ったんです。育児や介護との両立、独身での経済的不安などさまざまな家庭・私生活の環境で、いろんな働き方をしている女性たちが、定年後も含めて、やりがいを持って仕事に取り組めるようにお手伝いをしたいと。そう考える一番のきっかけは、私自身も含めてネットワークのメンバーに定年前後の女性たちが増え、意見交換をするなかで、働き続けたいけれどこれまで以上に戸惑いや不安が大きいことがわかったことですね。もちろん、これからもネットワークの活動を応援していきますよ」

定年後に個人事業主として人材紹介業の免許を取得し、事業を開業することに関しては、当初、大学の2年先輩である夫は不安視していたが、話し合いを重ねる過程で、「私の熱意に押し切られたようでした」と中本さんは笑みを浮かべて教えてくれた。免許取得など開業準備に向け、定年後再雇用で働く夫は何かと協力してくれ、「とても心強い」とも明かした。

そうして、定年退職から数カ月を経た23年秋、中本さんは人材紹介業の免許を取得し、シェアオフィスを事務所に事業をスタートさせた。ちなみに、シェアオフィスやレンタルオフィスでの開業が可能になったのは、17年の人材紹介業の事務所要件緩和によるものだ。

「勇気を出して再就職して本当に良かった」

開業から半年が過ぎた24年春、61歳の中本さんはこれまでのキャリア人生を振り返った。

「私の場合は再就職してからが、実り多い本当の意味でのキャリア人生のスタートでした。それまでなら、とても思い浮かばなかったようなアイデアが次々と浮かんで、実践して……ということの繰り返しで、今があるように思うんです。だから……勇気を出して40歳手前で再就職して本当に良かったです。今は多様で柔軟な働き方が広がっていますし、いったん仕事を辞めた人も再就職を諦めないでほしい。そして、これからますます増えていく定年女性についても、私自身の経験を生かして支援し、求人者と求職者のニーズを十分に把握したうえで、ハッピーなマッチングにつなげていきたいと考えています」

二十余年に及ぶ継続取材の中で、最も清々しい表情に見えた。

企業は女性のセカンドキャリア支援充実を

役職を経験した女性の定年退職者のロールモデルがほとんど存在しないという点は、もはや企業が女性のセカンドキャリアの人事制度設計や支援に二の足を踏む理由にはならない。定年後再雇用の場合は、男性同様に人事制度改革が必要であることは言うまでもない。さらに更年期による心身の不調や、就業中断を含めて多様な働き方、生き方のプロセスを経てセカンドキャリアを迎えることになるシニア女性特有の現状を踏まえ、柔軟な制度設計、運用の工夫も必要だろう。

奥田 祥子(おくだ・しょうこ)
近畿大学 教授

京都生まれ。1994年、米・ニューヨーク大学文理大学院修士課程修了後、新聞社入社。ジャーナリスト。博士(政策・メディア)。日本文藝家協会会員。専門はジェンダー論、労働・福祉政策、メディア論。新聞記者時代から独自に取材、調査研究を始め、2017年から現職。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科博士課程単位取得退学。著書に『捨てられる男たち』(SB新書)、『社会的うつ うつ病休職者はなぜ増加しているのか』(晃洋書房)、『「女性活躍」に翻弄される人びと』(光文社新書)、『男が心配』(PHP新書)、『シン・男がつらいよ』(朝日新書)、『等身大の定年後 お金・働き方・生きがい』(光文社新書)などがある。