※本稿は、川島敦『100兆円の不良債権をビジネスにした男』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
バブルが崩壊した日本を見て、米国の投資家が考えたこと
米国の機関投資家や不動産ファンドの連中は、常に地球儀をくるくる回しながら、次はどこの国が投資のターゲットかを見ている。1980年代後半から日本の投資家にいいようにされ、1992年まではどん底だった米国。日本の投資家は全米の不動産を何千億円も買いまくった。それがわずか数年で今度は日本がやられる番。大手の金融機関、不動産会社、保険会社が次々に潰れていく日本を見て、米国の投資家はこう考えた……。
「よし、これから世界で一番疲弊していくのは日本だ。これからは日本の不良債権処理に参加して大量の資金を投資しよう。不動産価格も暴落するはずだ。不良債権を安く買い取り、不動産も安く買い取る。両方ビッグビジネスになる。日本は必ず復活する底力を持っている国だから、復活した時に転売すれば莫大な利益を享受できる!」
かつての上司からの「新しいビジネス」への誘い
日本の不動産を買い占めようと米国マネーが日本市場に乗り込んできたのは、1997年頃から。最初の頃は水面下だったが実に活発だった。米国は不動産ファンドをテコに参入してきた。投資家のエクイティ(資本)とデット(借入金)を組み合わせたファンドを組成し、これを通して不動産投資をする。オフィスや賃貸マンションなど不動産が持つ収益性を算出し、それに見合った価格を割り出し、不動産を買っていく。戦後の日本で長い間続いた「土地神話」――土地は持っているだけで必ず値上がりする――とは全く別の合理的な考え方だった。
まさに目から鱗で、これが旧来の日本の不動産業界の慣習を変えるかもしれない。そして、「どうだ、やってみないか」とこの新しい不動産ビジネスに僕を誘ってくれたのが、かつて三菱商事に入社した時の上司だった本間良輔さん。この本間さんこそ当時、ケネディクスの前身、ケネディ・ウィルソン・ジャパンのトップだったのだ。