数字に目を向けてもらうための勉強会

松本さんはただ、会計数字が示す現実を伝えたかっただけだった。だが、言われたほうはどうしても、努力を否定された、責められたと感じてしまう。感情を抜きにして、単なる事実として数字に目を向けてもらうにはどうすればいいのか。

考え抜いた末、全社員に会計を教えて数字を理解してもらおうと思い立ち、試行錯誤して初心者も楽しく学べる「風船会計メソッド」を確立。これまでの経験から、強制するような言い方では敬遠されるだけだと考え、ある日の定例会議であえて軽いノリで誘いをかけた。

「私すごく面白いこと思いついちゃったんだけどさ、風船会計っていうの。これみんなでやらない?」

新しいおもちゃを見つけた子どものような口調に引き込まれたのかもしれない。居並ぶ部長たちから反対の声が上がることはなく、「めぐみ塾」と名づけた週1回の会計教室が始まった。風船や豚の貯金箱といったイラストを駆使して財務諸表を読み解いていくスタイルは皆に好評で、3カ月が経つころには多くの社員たちが会計数字をもとに課題や改善策を話し合うようになった。

風船会計を教える松本めぐみさん
写真提供=松本興産
「めぐみ塾」で風船会計を教える松本めぐみさん

会計が経営と社員の共通言語に

翌年、経営課題だった過剰在庫や利益率は大きく改善。会計数字を理解できるようになった社員たちが、何が課題でどう解消すればよいか、どうすれば経営が上向くかを自発的に考え、行動するようになったためだ。売上高が過去最高だった時に18.5%だった売上総利益率は、風船会計を導入してから22.6%にアップした。

「会計知識は、経営側と社員の共通言語にもなりました。当時、夫と私は5年後にメキシコに工場を出すという夢を持っていたんです。でも、夢だけ語っても人はついてきません。だから、新工場を出すにはいくら必要で、そのためには負債や税金を差し引いて毎年いくらの利益を出していけばいいかといった具体的な数字もセットにして、繰り返し社員に伝えていきました」

会計知識を身につけた社員たちは、松本さん夫婦が語った夢と数字をしっかり理解し、同じ目標に向かって動き出した。この夢は現地事情もあってまだ実現していないが、社員一人ひとりの中に根づいた会計視点と自発性は、今も経営の大きな力になっているという。