ジュガールの6つの原則

ジュガールが生活だけでなくビジネスの場でも活用されている例をいくつか挙げてきたが、それをグローバルなレベルで知らしめた本がある。

Jugaad Innovation』というタイトルで、2012年に刊行された。『イノベーションは新興国に学べ!』(日本経済新聞出版社)のタイトルで邦訳が2013年に出ているので、存在を知っている読者もいるだろう。著者はケンブリッジ大学ビジネススクールの教授ら3人のインド人だ。彼らによると、ジュガールには以下の6つの原則があるという。

①逆境を利用する
②少ないものでより多くを実現する
③柔軟に考え、迅速に行動する
④シンプルにする
⑤末端層を取り込む
⑥自分の直観に従う

いかがだろうか。たしかに前節で挙げたケースにも当てはまるところが多いのだが、率直に言うと筆者は若干の物足りなさを感じた。ジュガールの特徴を捉えている反面、「インドらしさ」があまり伝わってこなかったからだ。おそらく一般化することに腐心した結果、ある意味「どこにでもあるメソッド」になってしまったと言えないだろうか。

本質を見いだす弱者の武器

そこで、①〜⑥を踏まえつつ、筆者なりにジュガールをさらに深掘りしてみたい。

ひとつめは、ジュガールは「弱者の武器」という点である。①の「逆境」や、②の「少ないもので」とも重なるが、リソースが限られている状況下ならではの発想という点である。電気が当たり前に使える状況ならミティクールは生まれなかっただろうし、NASA並に潤沢な予算があれば宇宙開発もコストを気にせず大々的にできただろう。インドが貧しかったときだからこその産物とは言えないだろうか。

黒板に描かれたビジネスコンセプト
写真=iStock.com/koyu
※写真はイメージです

ジュガールのもうひとつの特徴は、「物事を形式でなく本質で捉える」という点である。ジュガールの語源となった寄せ集めの部品から作った車であれば、「SUVのフロント部分」ではなく「自動車の前面に使える部分」であり、動力も元が灌漑用であれ何であれ、ポイントは「動かすこと」ができるかどうか、ということになる。③でも「柔軟性」が挙げられているが、深い洞察力や先入観に囚われず本質を見抜く力ゆえのものにちがいない。

こうして見るとジュガールは良いことずくめのようだが、実はそうとも言えない。「ありあわせのものから作る」という特徴によく表れているように、「その場しのぎ」という側面があることは否めない。

別の言い方をすると、最初から100点満点を狙う手法ではない。60点、場合によってはもっと低いかもしれないが、新品でなければだめ、交換品が入手できないからと諦めずに、0点を回避するための人知ということだ。

いわば人生60点主義から生まれるグラデーションの豊かな発想だ。だからこそ、インド人は「びっくりしない」。まずは目の前の問題をクリアすることに集中する。状況は不変ではないことを知っているがゆえに、その場その場で解決策を導き出せば良いという発想なのだ。

笠井 亮平(かさい・りょうへい)
岐阜女子大学南アジア研究センター特別客員准教授

1976年、愛知県生まれ。専門は南アジアの国際関係、インド・パキスタンの政治、日印関係史。著書に『モディが変えるインド 台頭するアジア巨大国家の「静かな革命」』(白水社)、『インパールの戦い ほんとうに「愚戦」だったのか』『第三の大国 インドの思考 激突する「一帯一路」と「インド太平洋」』『『RRR』で知るインド近現代史』(すべて文春新書)、『インドの食卓 そこに「カレー」はない』(ハヤカワ新書)など。