女性流出は「労働問題だ」

しかし、そもそも人口的側面から見た自治体の持続可能性とは、人口増に潜在的貢献性のある人々、つまり「産める年齢の女性」の減少率を指標として算定されるものだ。ここに関しては、「また産めよ増やせよという発想なのか」「また若い女性に人口減の責任を被せるのか」とのもっともな反発も再燃する。

「消滅可能性」や「ブラックホール」という言葉のインパクトに脅されるようにして、名指しされた自治体は当然、危機感を強める。

2014年の調査で「消滅可能性都市」とされた自治体の多くが、状況を改善すべしとしてがぜん取り組んだのは、「女性が」子どもを産みやすく育てやすいまちづくりをしましょう、という発想から生まれた、助成金や保育所整備など出産子育てを奨励する少子化対策だった。

しかし、以前この連載コラムでも取り上げたように、「産む」を促すだけの少子化対策は日本の人口問題の本質を捉えて解決しているわけではない。

出生数80万人割れの衝撃。地方の少子化対策はここがズレている」と題された記事で、ニッセイ基礎研究所の人口問題リサーチャー・天野馨南子さんは、地方の著しい少子化問題の真因は地方を見限った若い女性による東京への人口流出がまったく止まらないことにある、と指摘。

おおかたが予想するような高学歴女性だけではなく、実際には幅広い学歴の女性がごっそりと地方を去っているのは、地方に魅力的な職場や仕事、幸せを感じられるライフスタイルがないことが主因なのだ。天野さんは「地方の少子化とは人口問題というよりも労働問題である」と主張している。

出生率の上昇は「多様な女性たちを失った代償」

他方、十六総合研究所による『提言書2022「女子」に選ばれる地方』(岐阜新聞社)の基調論文「若い女性はなぜ消えるのか?」で、執筆者の十六総合研究所 主任研究員・田代達生さんは、地方都市である岐阜県の側からも地方の少子化対策に疑問を呈している。

それらはあくまでも既に地方に残った女性(もともと相対的に保守的で、出産傾向にある女性)を対象としたものに過ぎず、「現実に起きている地方の合計特殊出生率の高さは、リベラルで多様な価値観を持つ女性たちが都会に逃げていき、保守的な女性だけが地方に残った結果(多様な女性たちを失った代償)として達成されている」

保守的な家族観と、地方へ根強く残されたジェンダーギャップを原因として、地元からごっそりと逃げていく若い女性たち。「多様な女性たちを視野に入れないで、地方が持続可能とはとうてい思えない」との田代さんの指摘は、目先の出生率という数的改善だけを見て少子化対策に予算を注ぎ込むことに精いっぱいの自治体には、耳が痛いだろう。

渋谷のスクランブル交差点を渡る人々
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